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そして、勇者は世界を救った。  作者: 雨鷽
二章 安寧の対価 / 狂いゆく戦闘
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六節 狂化

「よし、これで手当てはおしまい」


 ユララが包帯を切った。不思議と包帯の奥で少しだけ痛みが静まったように感じる。


「ありがとな……皆は無事か?」


「みんなもう元気いっぱいよ」


 ユララは救急箱に包帯をしまう。


「……ユララ」


「なあに?」


「……大丈夫か? さっきの……傷は」


 ユララが顔を上げる。一筋の血の痕跡すらないが、頬に薄っすらと傷跡が残っていた。



 魔物に襲われていた商人を助け、ユララが商人達に回復魔法をかけようとしたあの時。


 「魔人が近付くんじゃねえ!」


 叫び声と共に投げつけられた剣が、彼女の頬を掠めたのだ。

 一瞬だけユララは呆然と目を見開いていたが、すぐにユーシャを呼び、回復魔法をかけるよう頼んでいた。


 ユララは微笑んでいたが、唇の端が歪んでいた。


「……私は、平気だよ」


 彼女は一瞬目を伏せ、彼女は怒ったように少しだけ唇を尖らせた。


「それよりもカナトくんだよ。さっきの戦いでも前に出て……また怪我が増えちゃったじゃない」


 ユララはバッグから液体の入った瓶を取り出して、こちらに渡してきた。


「回復薬、あれから改良したの」


「いつも悪い――」


「カナトくん?」


「――ありがとう。ユララ」


「よくできました」


 くすくすと笑う彼女から回復薬を受け取り、一気に飲み干す。


「どうかな?」


「……うん、凄い飲みやすい」


「よかったぁ……前回は酷い味だったもんね」


「効果は抜群だったけどな」


 視線を合わせて、二人揃って笑った。


「さて。ご飯の用意しようかな。みんな頑張ったから、たくさん食べて元気になってもらわないとね」


「俺も手伝うよ」


 立ち上がろうとする俺の肩を「だめだよ」と優しく押した。


「怪我人は休むのがお仕事なんだから」


 優しく肩を叩かれてユララが背を向ける。



 ――身体が動かない。声も出ない。


 ユララの背中が遠ざかっていく。そうして俺は、これが過去の記憶だったことを思い出した。


□■

 目蓋を開ける。

 見たことのない石の天井。ベッドに寝かされているようだ。


 身を起こし、周囲を見渡す。カーテンが閉まり、明かりもついていないので部屋は薄暗い。壁沿いには薬品が並ぶ棚があった。


 壁越しに足音がして、ドアが開く。入ってきたのは見知らぬ若い男だった。

 ベッドの中で身を固くする。

 男は俺の姿を見ると、少しだけ眉を上げ、魔法で明かりをつけた。男の外見は普通の人間にしか見えなかった。


「意識が戻ったか」


 男はベッドに近付いてくる。咄嗟に胸元のナイフを握りしめた。


「……誰だ」


「レフタル・スフィス。このスフィス領――通称研究特領の領主を任されている。レフタルと呼んでくれ」


 男はナイフをちらりと見ると足を止めた。


「ベルロードからキミの手当てをするように言われた。些細な点でも良い。何か問題はないか?」


 ベルロードの名前が出て少しだけ思考が回り出し、スフィス領が向かっていた場所の名だと気付く。


「……ベルロードはどこだ?」


「今は魔力研究者達と会話中だ。それで、身体に不調は」


 レフタルは腕を組むと冷えた目をこちらに向けてきた。視線は冷たかったが、敵意はなさそうだ。

 ナイフを下ろす。


「……不調はない。すまなかった、疑って」


 「構わない」とレフタルは頷き、横にあった丸椅子に座った。

 

「キミに聞きたいことがいくつかある。会話はできそうか?」


「ああ……なんだ?」


「キミが戦った狂化した魔物について。

……狂化した魔物が神殿から離れることは稀だ。今回の事例のように集団で町を襲うなどは、前例がなかった」


 つらつらと言葉を紡いでいたレフタルがピタリと止まる。


「ここまでで何か質問は?」


「……そもそも、狂化ってなんだ?」


 レフタルは「ふむ」と頷くと、棚からコップを一つ取り出し、魔法で側面に穴を空けて、机に置いた。


「このコップを身体、水を魔力だとしよう」


 彼は指先から水を流し、コップのなかに入れはじめた。


「人によってコップの量や穴の大きさ……つまり、魔力を溜められる量や放出できる魔力の量は人によって違う」


 透明な水がコップの中に溜まりはじめ、ちょろちょろと側面の穴から出ている。


「我々は自然に空気中から魔力を取込み、排出している。では、魔法による攻撃を受けた時はどうなるか」


 レフタルの手から出る水の量が増え、コップから水が溢れ始めた。


「許容魔力量を超えた場合は、身体にダメージが入る」


 レフタルが出す水の勢いが増す。水はコップに当たり、辺りに飛び散り始めた。


「ではこのように、強い魔力を浴び続けたらどうなると思う?」


「……割れる?」


 そう答えたのと同時にコップが勢いよく割れる。

 破片が宙を舞ったが、魔法によって机の端に集められた。


「正解。魔力により身体そのものが壊れた状態を、狂化と呼ぶ」


 町で戦った魔物たちも急に身体が弾けたようだった。無意識に、ナイフを握りしめる。


「狂化は動植物、ヒト、魔物関係なく起こりうる。その多くが神殿に引き寄せられ死ぬ。それが現在有力な説だ」


 神殿。またその言葉だ。

 俺の反応に気付いたのかレフタルは続けた。


「各地に設置された神殿の中には魔力を溜める機構があり、それが狂化したものたちを引き寄せていると考えられている」


 レフタルは足を組むと、こちらを向いた。


「以上。何か質問は?」


 首を振る。

 その時、ドアが開いてベルロードが入ってきた。レフタルは立ち上がり、壁際に立った。


「確認だ。神殿の魔力量は?」


「ほとんど残っていなかった。六割くらい補充しておいたわ」


「……やはりか。協力に感謝する」


 神殿の魔力量が減ったから町に魔物が現れた、ということか。

 道具屋の店主の言葉をふと思い出す。確か神殿に魔力を捧げるのが数ヶ月遅れた……とか。


「……魔王が死んだから、魔物が町を襲った……?」


 俺の呟きに二人の視線が動く。


 頭の中では町の惨状が蘇っていた。噎せ返るようなあの匂いを思い出して生唾を飲み込んだ。


「間接的にはそう言えるかもしれないが、断言はできない。神殿と狂化の関係もまだ仮説段階だからな」


 レフタルは俺を見下ろす。


「何か言いたげだな。どうした」


 彼の真っ直ぐな視線から目を逸らした。


「……責めないのか」


「私はしない。まだ断定できないことだからな」


「もしも、そうだと判明したら?」


「私は責めない。その上で事実が判明したことを喜ぶだろう。しかし、責める人々を止めることもないだろうな」


「――そうか」


 腹の辺りがズキズキと痛み出す。

 ――俺は、何かを守れたのだろうか。

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