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そして、勇者は世界を救った。  作者: 雨鷽
二章 安寧の対価 / 狂いゆく戦闘
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四節 魔王の娘

 俺とクラルハイトは走り出した。だが、大通りは逃げ惑う人でいっぱいだった。クラルハイトが路地を指す。

 逃げ惑う民衆を横目に、狭い路地を抜けて石段を下ると、開けた広場に出た。


 目の前の光景に一瞬だけ息を呑む。


 巨大な怪鳥は炎を吐き、犬型の魔獣は雷を迸らせている。


 魔力に満ちた魔獣達の様子に、かつて旅の記憶が一瞬蘇る。どれも俺一人では倒せないだろう。だけど、戦わない理由にはならない。


 ナイフを引き抜く。クラルハイトも体勢を整えた。


 犬型の一匹がこちらに走り寄ってくる。俺とクラルハイトが構えた瞬間、目の前で魔物が弾けた。


「は……?」


 思いがけない光景に声が漏れた。弾けたように見えたが、欠片が飛び散っているわけでもない。そもそも魔物が跡形もなく消えるなんて初めてのことだ。


「狂化――」


 隣でクラルハイトが呟く。意味を問う前に、クラルハイトが口を開いた。


「カナト様、申し訳ありません」


 魔獣達は現れた俺達の様子を見るように唸っている。ナイフを構えたまま続きを促す。


「狂化している魔物には魔法攻撃がほとんど効きません。ボクの武器は魔力製ですので、ほとんどお役に立てないかと――」


「それでも、全く効かないわけじゃないんだろ」


「……ええ」


「なら戦うぞ。必要ならナイフ、貸してやるよ」


「……一本だけお借ります」


 クラルハイトにナイフを渡し、地面を蹴る。魔法が効かないなら、斬れば良い。


 腰をついた兵士を襲おうとしていた魔物にナイフを投げる。刺さった瞬間、魔物は先程と同じように弾けた。


「無事か!?」


「あ、ああ……助かった」


 兵士は呆然としながらも立ち上がった。


「いまの……なんだ……?」


「狂化ってやつだ。魔力攻撃がほとんど効かないらしいが」


「狂化!? 嘘だろ……狂化した奴らは神殿で死ぬんじゃ……」


「……とにかく、負傷したなら退け。ここは俺達が引き受ける」


 兵士に背を向け次の魔物に向かってナイフを投擲する。ナイフが刺さった瞬間、横から人影が躍り出て魔物に切りかかった。


 ――クラルハイトだ。


 魔物が弾けた瞬間、ナイフを俺に投げ返し、次の魔物に向かって魔法を放つ。戦闘が苦手と言っていたがそうとは見えない動きだ。

 犬型はもう数少ない。クラルハイトに任せても大丈夫だろう。


 俺は一際目立つ怪鳥に向く。


 怪鳥は絶え間なく地面に向かって火を吐いていて、兵士たちは近付く事すらままならないようだった。


 マントを脱ぐ。一度だけ息を吐いて、俺は怪鳥に向かって突撃した。


「あっ、おい!」


 兵士達の静止する声を背中に俺は駆けた。

 頭上が光る。火球が迫ってきていたが、止まらない。


 怪鳥の正面まで来て足を止める。踵に体重を乗せて、三秒。カチッと小さな音の後に身体がふわりと持ち上がって、俺は怪鳥の眼前まで飛び上がった。


 ナイフを構え、怪鳥に向かって腕を伸ばす。


 目の前に火球が生まれた。周囲で声が上がったが、俺はそのまま喉元目がけてナイフを振り下ろした。


 目を閉じない。恐怖心は押さえろ。ナイフを離すな。


 視界が白く染まった瞬間、ナイフが柔らかいところに刺さった感触がした。ナイフが刺さったまま自重で身体が下がっていく。


 ズン――と地鳴りがして、怪鳥が倒れていくのが見えた。俺はナイフから手を離して、背中から落ちていく。


 落下していく感覚に、俺は叫んでいた。


「ユーシャ!」


 無意識にその名前が口を突いた。何度も受け止められたあの腕を探して、身体が強張る。


 ――受け身、取らないと。


 衝撃を覚悟した瞬間、誰かに抱きとめられた。僅かにひんやりとした感触を感じた瞬間、「おお!」と低いどよめきが周囲から上がる。


「……お疲れ様でした。素晴らしい戦いぶりでしたよ」


 クラルハイトの笑顔が見える。どうやらクラルハイトに受け止められたようだ。ゆっくり地面に下ろされると、周りにいた兵士たちが近寄ってきた。


「兄ちゃんすげえなあ!」


「助かったぜ!」


 胴上げでも始めそうな兵士の輪から抜け出して周囲を見渡す。

 怪鳥も犬型の魔獣も、全て跡形なく消えていた。


 今更、鼓動が逸る。大きく息を吐いた途端へたり込みそうになる。だけど戦って終わりじゃない。負傷した人がいるなら手当てしないといけない。


 振り向いた途端、こちらに走ってくる血塗れの男の姿が見えた。


「ここから離れろ!」


 その声に兵士たちも男に気付いたようだった。男は頭から血を流し、足を引きずっていた。


「毒を撒き散らす魔物が出た! そいつにみんなやられちまった!」



 地面が低い音を立てて、揺れた。


 次の瞬間、男の後ろに二階建てをゆうに超える高さの花が歩いているのが見えた。


 周囲は紫色の煙に包まれている。おそらくあれが毒――魔力によるものだと断定はできない。だけど、吸い込んではいけないという感覚がする。あれが魔法由来じゃないなら、俺も無事じゃない。


「クラルハイト! 援護を頼む!」


 それでも俺は魔物に向かって駆け出していた。周囲で静止の声が上がるが、俺は煙に突っ込んだ。


 上の方から何かがぶつかる音がする。おそらくクラルハイトの魔法だ。力の限り茎を斬りつけるが、動きは止まらない。


 絶対に、町の方に行かせるわけにはいかない。


 頭上から影が迫ってきて、俺は飛び退いた。花の部分がこちらを向いていた。


 身がすくむ。

 花の中心に、口があった。

 赤黒く肉々しいその奥の、人の頭部と目が合う。


 俺は魔物の口に目掛けて、懐に忍ばせていた魔力玉を投げた。ボン――とくぐもった音がして花が仰け反る。


「クラルハイト! 口の中だ!」


 返答は聞こえなかったが、直後に頭上で魔法が着弾した音が走る。煙の向こうで花が仰け反る。


 ナイフを精一杯振り上げ、茎を一閃する。上空からも衝撃音がした。


 身体の動きが止まった一瞬、霧の中から現れたツタが腹に直撃する。


「か、はッ――!」


 壁にたたきつけられ全身に衝撃が走る。頭が揺れて、視界が霞んだ。


「回復します!」


 クラルハイトが手をかざしたのを見て「やめろ!」と叫ぶ。


「無駄な魔力を使うな!」


 はっとしてクラルハイトは手を下げ、花の魔物に向かい合った。


 腰につけていた回復薬を何とか飲みこむ。痛みは消えないが、立ち上がれるくらいには回復した。ふらつく足でクラルハイトの隣に並ぶ。


「……カナト様」


 ナイフが滑り落ちそうになる。息を吸って、心臓を落ち着かせる。

 ――大丈夫。勝算はある。

 あの魔物もおそらく狂化している。だから時間を稼げば良い。それに、まだ身体に異常が出てない。


「ベルロードが来るまで、持ちこたえるぞ」


「……はい」


 クラルハイトが再び宙に浮いたのを横目に走り出そうとした瞬間、上空で空気を裂くような音が走った。



「クラルハイト、障壁を張って」


 目の前で銀髪がなびく。遠くから「承知いたしました」と小さな声が聞こえた。


 彼女が手をかざした瞬間、視界が白く光って思わず目を閉じた。轟音と共に、頬を砂埃が撫で去っていく。

 

 ……何秒、経っただろう。


 おそるおそる目を開けると、そこに魔物はいなかった。地面は黒く焦げ、煤けた臭いが漂ってくる。


「ごめんなさい。遅くなって」


 ベルロードがこちらに近付いてくるのが見えた瞬間、足から力が抜けた。

 全身が熱くて痛い。頭がぼうっとする。今にも倒れそうだったが、唇を噛んで頭を持ち上げた。


「門の方へ向かってくれ! まだ助けられる奴がいるかもしれない!」


 背後から叫ぶ声がした。ベルロードは小さく頷く。


「カナト、貴方は……」


「大丈夫だ。俺もすぐ向かう」


 ベルロードがクラルハイトを見る。二人は頷きあうと、花の魔物が来た方向へ走っていった。


 狂化した魔物には魔法がほとんど効かない、とクラルハイトは言っていた。それを魔法で倒してしまうのだから、やはり彼女はケタ外れの魔力を操れるのだろう。


 彼女の背中に、俺は、魔王の姿を幻視した。圧倒的な魔力。圧倒的な力。


 今にもへたり込みそうな足を叱咤して歩き始め、俺はゆっくりと門へと戻っていった。

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