一節 1つ目の仕事
目を開ける。部屋がずいぶんと明るかった。小さく鳥の鳴き声のようなものが聞こえる。柔らかい毛布と枕が身を包んでいて、蕩けてしまいそうなほど。
いつの間にか寝ていたようだ。ベッドに入った記憶はないが、自分で歩いたと信じたい。が、きっとおそらく……。
身体を起こして部屋を見渡す。ベルロードの姿はどこにもない。朝日が差し込む部屋の中は、昨日の夜とは違う場所のようにも思えた。あれは、夢だったのだろうかと、思ってしまうほど。
カーテンを開けると、薄青の空が広がっていて。心臓が、ズキリと痛んだ。
――あれは、夢なんかじゃない。
カーテンを閉めると部屋は薄暗くなり、少しだけ胸の痛みが治まる。
窓から離れ、部屋を出ようと扉を開けた瞬間、「うわっ!?」と声が出た。
「おはようございます、カナト様」
扉の正面にいたのはクラルハイトで、俺を見るなり、目を細めて笑顔を浮かべる。朝日に照らされてもその笑顔は怪しさしかなく、何の感情も読み取れなかった。
しかし、明らかにおかしな点があった。
クラルハイトは見上げるほどの長身だったはずなのだが、今は俺の胸のあたり高さしかない。
「朝食のご用意ができております。食堂までご案内いたします」
クラルハイトは昨夜と変わらない綺麗なお辞儀をして歩き出す。言葉も出ないまましばらく後ろを歩いていたが、堪らず口を開いた。
「……なあ、どうしたんだ、その身長……」
「急に城での仕事が入ってしまって。分裂いたしました」
「分裂……」
「ボクはスライムに近いですから」
理解しようとしている間に食堂に着いてしまった。食堂には、ゆうに八人は座れそうなほど大きなテーブルがあり、隅の席にはベルロードが座っていた。
彼女は俺達が入ってくると顔を上げて微笑んだ。
「おはよう、カナト」
「……お、う」
気恥ずかしくて目を逸らす。クラルハイトが椅子の一つを引く。ベルロードの対面だ。
少々座りたくなかったが、拒否できるような雰囲気でもない。
諦めて俺が椅子に座ると、クラルハイトは一礼した。
「朝食をお持ちいたしますので少々お待ちください」
クラルハイトが奥の部屋に消えると部屋には沈黙が落ちた。ベルロードは何かの本を見ているようで、時折紙をめくる音がしていた。
しばらく所在なく斜め下の床を見る。意味もなく床を靴底で擦る。昨夜のことを、何か言われるだろうか。
視界の隅でベルロードが本を置いたのが見えた。
「……気分はどう?」
「……寝て、すっきりしたよ」
「そう」とベルロードが微笑む。ティーカップに入っていたお茶を少しだけ飲んで、俺は口を開いた。
「……その……ありがと、な」
「律儀ね」
くすくすと笑う彼女に眉を下げる。ベルロードは一度、側に置いた本の表紙を撫でる。
「それなら早速、初めの仕事を頼もうかしら」
仕事。その言葉に唇を結ぶ。
「そんな大層なことじゃないわ」
クラルハイトが皿を置く音だけが響く。俺達は互いに動かなかった。
「貴方の生活に必要な物を買ってきて欲しいの」
小さく眉を顰めた俺に、ベルロードは少しだけ目を伏せる。
「それと……魔国の様子を見て、知ってほしい。あの頃はそんな余裕、なかったでしょうから」




