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そして、勇者は世界を救った。  作者: 雨鷽
〔第一部〕 一章 物語の終わり / 幸福からの追放
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一節 ハッピーエンドの続き

 今日はよく晴れた日だった。


 青い空。呑気に浮かぶ白い雲。そこかしこから聞こえる小さな動物たちの鳴き声。すぐそこに広がる草原に寝転べば気持ちの良い昼寝ができそうな、素晴らしい気候だった。


 これまでだったら「ちょっと昼寝でもしていこう」と提案できたかもしれない。だが、今日は許されない。

 そう思った瞬間、ずんと装備が重くなった気がした。それでも前へ進む足は止められなかった。


 正面には巨大な石造りの城門が見え始めていた。まだ門へは少し距離がある。それなのに、人々のざわめきや高らかなファンファーレが微かに届いている。

 俺の少し前を歩く勇者の背中を見上げる。流石、こいつはいつも通りに見える。


「緊張、しているか」


 隣を歩いていたラディーヌが呟いた。彼女はいつも通りのよく手入れされた鎧を着ていたが、凱旋パレードのためか兜は脱いでいる。ブロンドの髪が風になびく。鬱陶しそうに、その髪を押さえた。


「……はい」


 少し後ろからクロンの震えた声がする。振り返ると、彼女は小さな背を縮こまらせながら愛用の魔導書を抱きしめていた。真っ黒な瞳は今にも泣きそうに潤み、唇をぎゅっと噛んでいる。


「大丈夫よ。……大丈夫。みんな、いるからね」


 隣を歩くユララがクロンの背中を撫でる。いつもの優しい声。だが、ユララもどこか不安げな表情を浮かべていた。今日のユララは出会ったときのように、大きなヴェールを被っている。


 きっと二人はまだ怖いのだ。いくら魔王を倒した「勇者パーティー」だからといって、自分たちが簡単に世界に受け入れられるとは考えられないのだと思う。

 城門をくぐった瞬間に石を投げられ、罵倒される可能性だってゼロじゃない。


 ――だけど、それは俺だってそうだ。むしろ、俺の方がよっぽど。


 強く拳を握る。俺はクロンとユララに向かって、できるだけ自然に笑いかけた。

「ユララの言う通りだ。何があっても、俺達は仲間だし、みんなを傷付けさせないから。な、ユーシャ!」


 目の前の男――ユーシャの肩を軽く叩く。ユーシャは一拍おいて、小さく頷いた。

「……任せろ」


「魔王を倒した勇者がこう言ってるんだ。大丈夫そうだろ?」


 クロンとユララは顔を見合わせると、表情を引き締めて、前を向いた。

「……そろそろだ。皆、行くぞ」


 ラディーヌが一歩先へ出て、続くようにユーシャと、クロン、ユララも前に出る。

 気付けばもう城門は間近で、門の向こうからは割れるような歓声が聞こえてくる。

 ファンファーレが高らかに鳴り、腹の底に響くような音を立てて城門が開いた。


「勇者パーティーのご帰還です!」


 拡声魔法を使ったのだろう。頭が割れるくらいの声がして、次の瞬間には地面が揺れたのかと思うほどの歓声が上がった。


 きっと大丈夫。きっと、上手くいく。

 俺達は魔王を倒した。千年以上渡る戦争に終止符を打ったのだ。


 今日はよく晴れた日で、昼寝には最適な良い天気で。

 これ以上ないくらい、ハッピーエンドには相応しい日なのだから。


□■


 城門を抜けた先には、見たこともないほどの人、人、人……。俺たちに向かって手を振ったり、一目見ようと跳んでみたり、何かを叫んでいたり……。

 見渡す限りの人の群衆は、どれも晴れやかな笑顔で祝福の表情で満ちており、憎悪や嫌悪の色は見られなかった。

 

 よかった、大丈夫だ。

 握っていた拳を少しだけ解いて、もう一度ぎゅっと強く握る。

 前を歩く仲間たちの表情は見えないが、手を振ったり、照れたように頭を下げたり、名前を呼ぶ声に応えたり。各々群衆に反応している。

 ファンサみたいだなとぼんやり思いながら、俺はなるべく目立たないようにしながら、足を動かした。



 このパレードの終点は王城。

 そして、王城前の大広場で凱旋式が行われると聞いている。王国騎士達が民衆達を抑えて必死に空けてくれている道を進み、気付けば大広場まで辿り着いていた。

 演奏が止まり、人々の声も少しだけ静まる。


 高らかにラッパのような音が鳴り響き、聖国国王が城の二階の窓から姿を現した。


「これより、凱旋式を行う――」


 広場の中央にいた司教が声を張り上げた瞬間、「その前に!」と刺すような声が響いた。

 その声に人々はどよめく。俺も大きく目を見開いた。声の主が、ラディーヌだったからだ。


「凱旋式の前に、ひとつだけ、やり残したことがあります。少しだけお時間をいただけないでしょうか」


 ラディーヌは背筋を伸ばし、国王を真っ直ぐ見据えた。


「王国騎士団第三部隊隊長、ラディーヌ・グライフォーダン、だな」


 ラディーヌは頭を上げず「はっ」と短く返事をした。


「貴様は悪戯に式の進行を止めるような人間ではないな。申してみよ」


「突然の非礼、お詫び申し上げます。そして、寛大な措置に感謝を」


 ラディーヌは最敬礼をすると、こちらを振り返った。太陽に照らされ、彼女の鎧がキラリと光る。


「そこの、異世界人についてです」


 観衆の目が一斉にこちらを向く。何が起きたのか理解するより先に、すぐ前に居たユララとクロンが飛び退くようにして俺から距離を取った。


 代わりにラディーヌが一歩前に出る。流れるように剣を抜くと、切っ先をこちらに向けた。

 戸惑ったような声がそこかしこから聞こえ、広場はざわめきで満ち始めた。


 ラディーヌは一度目を閉じ、ゆっくりと目蓋を開けた。その目には、憎悪と、嫌悪と、怒りが――不自然なくらい、揺らいでいた。


「貴様を、パーティーから追放する!」

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