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人生の下書き機能――人生は一度だけ下書きできる

掲載日:2025/12/31

 人生には、一度だけ下書き保存が使える。


 それは誰もが知っている常識だった。


 保存した瞬間までの人生は「仮」となり、そこから先はなかったことになる。

 記憶は残る。

 経験も残る。


 ただし、失敗だけが消える。


 私は三十五歳のとき、その機能を使った。


 理由は単純だ。

 人生を壊したからだ。


 会社での判断ミス。

 部下の不正を見抜けなかった責任。

 一気に信用を失い、立場を失い、家族からも距離を置かれた。


 私は「ここまで」を下書きに戻した。


 時点は、二十五歳。

 まだ何者でもなかった頃。


 今度は慎重に生きた。

 目立たず、責任を持たず、判断を避ける。


 昇進の話は断った。

 恋愛は深入りしなかった。

 意見を求められたら、空気に従った。


 失敗しない人生。

 それは、うまくいっているように見えた。


 だが、四十歳で死んだ。


 平均的な寿命より少し早いが、事故でも事件でもない。

 下書きに戻る理由にはならない死だった。


 目を開けると、確認画面が表示された。


「人生を完成稿として保存しますか」


 私はうなずいた。


 結果を見て、私は困惑した。


 人生評価:未完成。


 理由が表示される。


「重要な選択が行われていません」

「人生イベントの発生数が基準値を下回っています」


 係員が言った。


「下書き保存は、やり直しのための機能ではありません」

「完成させるための補助機能です」


 私は抗議した。


 失敗はしなかった。

 大きな間違いもない。


 係員は首を振った。


「あなたは選ばなかった」

「選ばないことを、選び続けました」


 画面が切り替わる。


 人生ログ。


 恋愛:未着手

 責任:回避

 対立:回避

 挑戦:未実行


 私はようやく理解した。


 失敗とは、選んだ結果だ。

 だが、選ばなかった人生は、結果ですらない。


 係員は淡々と告げた。


「この人生は、下書きのまま破棄されます」


 私は慌てた。


 下書きは、もう使えない。

 一度きりの機能だった。


「では、元の人生に戻してください」


 係員は、少しだけ同情するような声で言った。


「元の人生は、あなた自身が消去しました」


 私は、二度目の失敗を犯していた。


 一度目は、間違えたこと。

 二度目は、間違える勇気を失ったこと。


 下書き保存は、便利な機能だ。


 だが、それは、人生を安全にするためのものではない。


 人生を完成させるには、

 必ず失敗が必要だった。


 私は、完成しない人生として処理された。


 失敗よりも、

 選ばなかったことのほうが、

 はるかに致命的だった。

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