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 いい記憶ではない。愛惜なんて綺麗な言葉で片付けるものでもない。それは彼自身が一番わかっていた。酒の勢いとはいえ、傷つけたくないと言いながら彼女を傷つけたのだから。もっと恐ろしい行為に走ることなく落ち着けたことは不幸中の幸いであったが、それでもセクハラ以外の何ものでもない行為を大切な人に働いてしまった。まだ短い人生とはいえ、彼の最大の黒歴史であることに変わりなかった。

 その最悪な記憶も、この水を捨てて仕舞えば失うことができる。もしかしたらその空白を持った自分はまた彼女と幸せそうに接することができるかもしれない。ただ仲良い友達に戻れるかもしれない。ただ、この水を排水溝に流してしまうだけで。だが震える彼の手は、コップを傾けることを遂にできなかった。

 その場にしゃがみ、ため息をつく。東京の水の匂いも、濡れた埃が溜まっている地面も気にせず、ただ目を閉じて息を整えた。その勢いで少し水がこぼれ、地面に落ちる。

「少しこぼれたな、多分。何か忘れたのかな?」

 何かが変わった感覚はない。きっと忘れたとしても、何を忘れたかもわかっていない。彼はその現実を鼻で笑った。


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