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「これ、全部無くしたら佳奈子のことをそんなふうに忘れてくんかな。何も感じずに。なんか、変な感じ」
息を少し漏らしたのちに、声をあげて笑い出した。何が面白いのかと問われれば、彼自身が面白かったということになる。自分の犯した罪を偶然得られた奇跡で帳消しにしようとする行いが、我ながら醜すぎると感じたのだ。
「こんな、特別なものに頼らなくてもいい人生がしたいな」
コップを一旦地面に置き、洗面台に手を着きながら立ち上がった。鏡に映る自分は、少しスッキリした顔をしていた。選択の覚悟ができたのだ。
コップを手に取り、自室に戻る。そして元の位置に戻した。そして彼はその状態で放置し、部屋を出て、靴を履き、外に出た。
外は暗かった。時間を確認していなかったが、もしかしたら起きている人がほとんどいないほどの深夜なのかもしれない。彼は両手の指を絡めて腕を後ろに伸ばした。締まる筋肉に冷たい風があたる感覚が何とも心地いい。
「何で捨てなかったの?」
佳奈子の声が聞こえる。どの方向から聞こえるものかもわからなかったが、彼は探さずに星を眺めた。
「飲みもしなかったし」
心臓が高鳴る高音の声。猫なで声とでもいうのだろうか。誰からも敵視されることのないだろう声が脳に響く。例えそれが本物じゃなかったとしても、少しでも長く聞いていたと感じた。




