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普通の幽霊屋敷

作者: 草尾はむ

普通の幽霊屋敷


私の家族は幽霊だ、なんて言うと私の家族が亡くなっていると勘違されてしまいそうだ。いや、間違ってはいないかもしれないが、絶妙にニュアンスが違うのだ。なぜなら彼らは、私が物心ついた時から既に死者だったのだから、関係性の築き方は生者とそう大差なかったはずだ、恐らく、多分。

私と幽霊たち、もとい私と家族たちが住まう屋敷。それはいかにもといった感じの洋館で、周りには他に家も何も無く、辺境の地にあると言える。けれども、何故か手入れが行き届いており、ちょっとした別荘に見えなくもないと思う。

昔、この綺麗さが不気味さを引き立てるのではないか、と古株のおじさん幽霊に言われたことがある気がしなくもないが、今は思い出さないでおこう。うん、きっと気のせいだろう。

そんな我が家の日常は実に平凡で、特にこれといったことはない日々が続いているのだ。

例を挙げるとするならば、と思ったのだが、例を挙げる前に前提として我が家の「平和に暮らす為の十ヶ条」を紹介しよう。


一、生者を脅かすことはあれど、傷つけてはならない


二、死者同士であったとしても同様


三、屋敷内は綺麗に使おうね


四、汚れを発見したら見て見ぬふりをせず、ちゃんと掃除をしよう


五、ゲームのやり過ぎはだめだぞ(未練を晴らす為ならちょっとはオーバーしてもいいよ)


六、夜中に井戸の近くで、お皿を数えるのはやめてください(すごく怖いよ!)


七、幸せだと思えるように過ごしてね(みんなが幸せならルールを守れていなくても許しちゃう、特別大サービスです)


八、プライバシーを守るため、壁や床などを通りぬけず、しっかり扉を使ってね


九、週末は家族みんなで映画を見る!(何を見るかは皆で仲良く決めましょう)


十、成仏することが出来た霊がいた場合、みんなでお祝いをすること


この余計に後付けの部分が多い十ヶ条は、私がこの屋敷に来るよりも前のもののようで、対象にしているのは基本幽霊である為、私に当てはまらないルールもある。

これを初めて見た時私は、これを考えた奴は十個もルールが思いつかなかったのだろうな、と思ったことをよく覚えている。あと、絶対愉快な人? 幽霊? だったのだと思う。頭は悪そうだが、きっと良い奴だったに違いない。

まぁ、それはさておき、十ヶ条の紹介は済んだので、我が家の日常が実に平凡であるかの例を上げよう。

分かりやすいところでいくと、「九、週末は家族みんなで映画を見る(何を見るかは皆で仲良く決めましょう)」だろうか。これは本当にみんなできっちりと守っているのだが、これが私としては少し大変と思うことがある。なぜなら、肉体のある私は食事をとるが、他は幽霊なので食事をとることが出来ないからだ。

今までの話しにそれは関係があるのか、と思われるのかもしれないが、よく考えていただきたい。映画はポップコーンあってこその代物だということを。

私は映画を観る時、それが映画館であるのか、自宅であるのかはそう大した問題ではない。私はポップコーンがどうして食べたい。けれども、幽霊たちはそんな私の行動を真似したがる。食べられないのにも関わらず、私のポップコーンを口に運び、案の定、体をすり抜けて落とす。

さすがにそれを繰り返していると勿体ないので、幽霊たちの下にお皿を引いているのだが、ポップコーンの硬い部分、多分弾けきれなかったとうもろこしの部分が、お皿に当たりカランカランと音を立てる。

映画を集中して見たい時にはそれが、物凄くやかましく聞こえてしまう。本当は大した音ではないはずなのに凄まじくやかましいのである。

こういう時の私は、叫び散らかすという奇行に走る、もしくは静かに天を仰ぎ黄昏れるかの二択である。後者も奇行と言えば奇行なのかもしれないが、周囲に迷惑をかけていないので、セーフですよね。

異論を認められない時は、自分が正しくないという可能性を感じている時なのかもしれない、と思ってしまった。気が付きたくなかった新事実、受け入れなければ良いだけだ。

昔の幽霊たちは私に好きな映画を選ばせてくれたし、私の大切なポップコーンも横からとるなんてことはしなかったのに。いや、違うか、昔の私が相手だったから霊たちは優しかったのか。大きくなんてなるものではないな。

ちなみに、今週末に見た映画は、幽霊が出でくるタイプホラー映画だった。幽霊は見慣れているのだが、私の知っている幽霊たちはとても身綺麗にしおり、白いワンピースを着て、黒髪を前側に垂らして井戸から出てくるなんてことはしないので、ちゃんと怖いし、ビビり散らかす。もちろん、夜中に井戸の近くで、お皿を数えている幽霊も私は見たことがない。

本物の幽霊も「ちょー怖いからもう見ない」宣言をしていた。彼らは一ヶ月後もう一度観て、もう一度同じことを言っているのであろう。私の感は結構当たるぜ。まぁ、これは感ではなく経験則だが、内緒である。

これで我が家がどれほど平凡であるかを理解していただけたと思う。

がっかりさせてしまったかもしれないが、これが普通の幽霊屋敷の日常である。

きっと幽霊のせいで怖い思いをした人は、訪れたタイミグが悪く、幽霊の反感を買ってしまった人なのだろう。というか、誰の私有地なのかも分からないのに、勝手に屋敷内には入っては行けないと思う。本当に厄介極まりない。

たまにこの屋敷にも肝試しなのか、度胸試しなのかは知らないが、無断で入ってくる輩がいるのだ。特に夏。

こういう時は、幽霊たちが「生者を脅かしてやろう大会」を開催する。たまに私もお手伝いをする。おもしろいから。

恐らくこの屋敷に無駄にホラー映画が多いのは、脅かし方の研究をしろよ、というの意味が込められているのかもしれない。私も幽霊たちもエンターテインメントとして楽しんでしまっている。悲しいかな、先人の思いは届いていない。これが現実である。

脅かし方は、やってきた人間に合わせて変えているようだ。霊感のある人間には、冷たい風であったり、肩を重くしてみたりなど、雰囲気から恐怖を感じてもらう。霊感のない人間には、ものを動かしてみたり、不気味な声を出してみたりなど、実際に分かるものから恐怖を感じてもらう。

私ができる手伝いは、せいぜい霊感のない人間向けの不気味な声を用意することくらいなので、基本は侵入者たちの動向を観察している。たまに見つかってしまうのではないかと思う時もあるが、このスリルも味わってこそな気がするので、脅かし役も結構楽しいものだと感じている。けれども、最近は脅かし役の幽霊たちが数を減らしている。

昔はもっとたくさんの幽霊がいた。しかし、成仏していく幽霊も沢山いる。この屋敷の幽霊が数を減らしている原因は、現世に何らかの執着する理由をもつ者が少ないからだと考えられる。それはそれで良いことなのだが、私としては少し寂しさを感じているのだ。

私はここに縛られている感覚さえあるというのに、みんなは私を置いて逝ってしまう。いや、もともとか。

十ヶ条最後の1つ、「十、成仏することが出来た霊がいた場合、みんなでお祝いをすること」というのは、そのままの意味であるのだが、本人は不在のパーティーなのだ。私はこれがどうも気に食わない。

大概の幽霊は生前の記憶があやふやで、何を未練としているのかを自身ですら理解していない。それゆえに、幽霊たちは突然いなくなってしまう。私の家族たちは、それをたいそう喜ぶのだ。私だって理解ができない訳ではない。けれども、受け入れ難いと思ってしまうのも、私の偽らざる気持ちなのだ。

こういう時、古株のおじさん幽霊は毎度毎度同じことを言う。普段は変な奴なのに、真剣に、優しく、「お前がここにいる限りは、私もここにいるから」と言うのだ。本当にやめて欲しいと思う。なぜなのかは分からないが、泣けてくる。泣いてしまう。お祝いしなくてはいけないのに、喜ばしいはずなのに。止められない。やめて欲しい。

私が死んだら、現世に未練を残すこの屋敷の幽霊となるだろうか。そのまま無に還るのだろうか。はたまた、輪廻転生とやらをするのだろうか。考えたところで何が変わると言うのだろか。そんなこと私が一番教えて欲しい。

まぁ、どうせ私は、明日もこの普通の幽霊屋敷で生きているはずだ。少なくとも今は確実に生きて、この場所にいる。ならば、私はここで愉快な家族たちに恩を返していこう。具体的には、今はちょっと思いつかないけれど、何かしようと思う。

私の家族は愉快だ、毎日楽しい時間がある。今は会えぬ家族も、きっとどこかでおもしろおかしく暮らしている。

いつか彼らにもう一度会える日が必ず来る。それまでに沢山の土産話を、と思ったがあまりこれといったことはないな。日常。平和。幸せ。何もなくて、何でもある。私はこの屋敷と家族たちを愛してる。そして、愛されていることも知っている。そんな毎日。everyday。言いたかっただけ。

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