8話
最初に双樹の目に入ったのは、壁一面を覆うほどの大きな液晶だった。現在進行中であろうセルファの映像や、素人には内容を理解できないものまで、様々な情報で埋め尽くされている。
そして、ある一人の男が目に留まった。
双樹らの正面で、二人の部下と議論をしているその人に職員が迷わず声をかけた。
「朝桐指揮官!」
すると狼のような鋭い瞳がこちらを捉えて、紺の髪色と軍服がふわりと上品に舞った。
小さく揺れる金の耳飾りがよく似合っている。
魅力的な人だった。
「草壁、よく戻った」
先ほどまで眉間に寄せられていた皺が解かれ、その人は職員に優しく笑いかける。
応えるように上司に近寄っていく職員はさながら忠犬のように見えた。普段から相当慕っているのが窺える。
そんなやり取りもほどほどに、双樹らが指揮官の視界に入ったらしい。丁寧に向き合うと、彼は不意に頭を下げて見せた。
「えっ」
突然のことに双樹もぎょっとする。
「あ、あの……」
「申し訳ありません。夏宮蕾蔵殿、双樹殿。ご家族が亡くなられた手前、大変手荒な真似でここまでお連れしたことをお詫びしたい」
「か、顔を上げてください……!」
双樹の父が慌てて止める。
ゆっくりと体を起こした彼の顔には苦渋の表情が浮かんでいた。
双樹はまだ、見極めている。
「……そして、我々のもとに来てくださったこと、大変感謝しております。これからお話することは納得のいかないこともあるでしょう。もちろん我々としてはご協力をお願いしたいですが、それよりも一番大切にしていただきたいのは、双樹殿本人のご意思です。周囲は何としてでも貴方をパイロットにしようと動くでしょうが、貴方の本意と反するならば、私が止めます」
力強いその声には、彼の静かな怒りと真摯な姿勢が含まれていた。
しっかりと双樹と目を合わせて話す彼に、双樹は口を開く気になった。
「分かりました。よろしくお願いします、朝桐さん」
双樹の言葉に、朝桐はようやく硬い雰囲気を崩した。
「ありがとうございます。そういえば、ご挨拶がまだでしたね。失礼致しました。改めて、対セルファ機関本部指揮官を務めております、朝桐蓮と申します。」
指揮官は綺麗な所作で礼をする。双樹らもぎこちないながら簡単な挨拶を済ませた。
「それでは場所を変えましょうか。ここでは音が煩雑で気が散るでしょう。試験室までご案内します。草壁は鑑定結果を聞いてから合流しなさい」
「はっ‼」
職員はピシッと姿勢を正してから素早く去っていく。
双樹らは、こちらです、と誘導する指揮官の後を追った。
階段状になった空間を降りながら本格的に指令室内部を歩き進めると、その構造が明らかになる。
棚田のように階層が分かれており、それぞれに電子機器がずらりと並んでいた。そしてそれを操る機関の者たちが忙しなく働いている。
「彼らは情報処理やオペレーションを担ってくれています。言わば本部の脳です。上層ほど役職のレベルが高く、先ほど我々の居た場所が職員の中でも最高位の者たちが座っています」
指令室が気になる双樹の気配を感じ取ったのだろう、下りながら指揮官が指令室の構造を説明する。
「その上にまた別の区画が見えますよね?」
双樹が振り返って上を見上げれば、確かに出張っているフロアがあった。
「そこはパイロット専用の座席と、指揮官である私の座席があります。パイロットとの緊急の話し合いなどに備えてあのように環境を整えたのですが、ほとんど彼らの休憩や雑談スペースとして扱われています」
呆れたような声色からは指揮官としての気苦労がひしひしと感じられた。
だが双樹が想像していたよりもその間柄は堅苦しくないようだ。
目の前の彼が権力を振りかざして威張るような人物に思えないからこそ、納得ではある。
「ここです」
大モニターの真下まで着いて、左壁際から繋がっている部屋に通された。
また真っ白な部屋だなと思っていたのも束の間。
顔を横に向ける双樹。
「っ‼‼」
ガラス越しの花柩と目が合った。
双樹は思わず後退る。
こんなに至近距離で花柩を見たのは初めてで、圧倒されていた。
部屋に負けないほどの白さを誇る機体の、光を持っていない黒い目。
「これは、花柩第七機。次のパイロットが乗る機体です」
それすなわち、双樹が主人となるかもしれない機体だ。
双樹は自分がこれに乗っているのを想像することもできない。
「つい先日、機体の最終チェックが終わったところです。あとはパイロットとカイさえあれば動きます」
だが、ここでのこのこと帰れば後悔する気がしてならなかった。
脳裏に弟の無邪気な笑顔が浮かぶ。
双樹は指揮官に向かい合った。
「カイについて、教えてくれませんか」
「草壁からどこまでお聞きになりましたか?」
「……花柩を動かすには、キドとしての適性が高いパイロットが必要だということ。さらに、パイロットとの相性が良いカイが不可欠だと」
「なるほど。では、カイの詳細についてお話しましょう。」




