7話
「助かったっ‼」
先ほどまでの耳を塞ぎたくなるような爆音は小さくなり、職員は安堵した様子でそのまま道なりを行く。
遂にシェルター付近まで来ればドアが自動で上下に開き、車が勢いを落とさず中に入るとそれはまた静かに閉じられた。
人工的な灯りに照らされた薄暗く長い道を進む。
双樹らはやっと息をついた。命の危機から逃れることができたのだ。
「……あの、さっきの花柩は、」
先ほどの混戦を見て、パイロットの安否が気になった父が最初に口を開いた。
「おそらく無事だと思われます。彼女たちの目的は私たちの援護だったので、この後すぐに撤退命令が出るはずです。機体の特性的にも今回のセルファを殲滅することは難しいでしょうから、後日別のパイロットが出撃するでしょう」
「そ、そうですか……」
それを聞いて安心した様子の父親を見て、双樹はお人好しだと思った。
こんな状況で他者まで気にしている余裕はないし、それに職員への不安感や疑心も募ってきている。
女性職員との電話の内容と言い、責任を持ってと発言した割には心許ない姿と言い、果たして信頼して良いものだろうかと思わずには居られなかった。
「ここが、対セルファ機関内部を繋ぐ内の一つです」
再び扉前に差し掛かり、車は一時停車する。次に職員は窓を開けて声を張り上げた。
「朝桐所属! 非戦闘員、草壁綾也! 99層へ!」
すると、すぐにどこからか機械的な音声が響き渡った。
『草壁綾也。承認しました。99層。対セルファ機関本部までお繋ぎします』
ギギッと重たそうな音を立てながら目の前の分厚い扉が開いていく。中は真っ暗闇で、小さな赤いライトたちが少しだけ伸びた道を示していた。
職員は窓を戻しながら車を発進させる。
中へ入ると僅かな光が上から差し、車はすぐに中央で赤い円に囲まれた場所に停止した。
すると、ガタンと大きく振動した後そのまま下がり始めたのだ。
双樹が気になって外を見ると、バタバタと上部から電気が点いて来ていた。それが遂に双樹たちを追い越して、さらに地下を照らす。
何処までも続くその深さに双樹は驚いた。
そしてこの場所の全貌が明らかになる。
周囲は円形で、筒状の中を下っていっているようだった。あちこちから中央に向かって短い通路が伸びており、それぞれが硬く閉ざされた扉に繋がっている。
「国の至る場所に機関の施した入口があり、全てこうした連結部に集約されています。我々が通ってきたのもその内のごく一部に過ぎません」
ゆったりとした説明口調で職員が話し始める。
「ここから軍用基地や研究所、大型倉庫など機関の要所に行くことが出来ます。そして、これから私たちが向かうのが、最下層にある対セルファ機関本部です」
円形は速度を緩め、完全に止まる。
どうやら目的地に着いたようだ。
フロントガラスからは大きな扉の一部が見えて、それが慎重に左右に開かれる。
車はほんの少しの通路を介して、招かれるように内部へ入った。
真っ白な蛍光灯が無機質な部屋を照らす。両側面には中がくり抜かれた正方形の箱が綺麗に積み重なり、そのひとつひとつに車両が詰められていた。
双樹らの乗る車も中央でまた一時停車すれば、土台が勝手に持ち上がって宙に浮く。そしてクレーンに支えられながら、空箱を埋めるように壁の一部となって仕舞われた。
「この先は徒歩で向かうので、降りてください」
言われるがまま外に出ると、足の裏にじわりと地面の感触が伝わる。
ようやく双樹にも現実味が湧いてきたようだった。今この瞬間までアトラクションに乗っていたような錯覚がある。
双樹は上からこの巨大な部屋を見回して、もう後戻りできないところまで来ていると実感せざるを得なかった。
職員の背を追って端に敷設されたエスカレーターに乗り、先ほど双樹らの入って来た階下に降りる。
そして、進行方向に聳え立つ分厚い扉前に立つと、また見慣れた短い橋が現れた。
それはさらに地下へと伸びるエレベーターに繋がっており、その周囲には螺旋階段が巻き付いている独特な構造だ。
「まだ下へ?」
「ええ、ですがここが最後です」
双樹の父は全てを不思議がって恐る恐るといった感じだ。
双樹が手すりから下を覗くと、薄青い光が終着点を照らしていた。今度はここからでも地面が分かる。
透明なエレベーターはあっという間に到着のベルを鳴らして、乗り込んだ双樹たちを降ろした。
真っ直ぐ歩いて迎えられた次の部屋は確かに無機質な空間だと言えたが、これまでのような機械的な質感ではなく、ただただ真っ白だった。
三人が部屋を通過する間に、淡々とAIが喋り出す。
『朝桐所属、非戦闘員、草壁綾也。疑似登録、一般、夏宮双樹。疑似登録、一般、夏宮蕾蔵を承認。危険、不審物の不所持を確認。通行を許可します』
この何もない空間でそれらをどう確認されたのかも定かではないが、ようやく双樹らは機関本部への侵入を許された。
「わぁ……」
思わず双樹の感嘆が漏れる。
そこはまるで温室のようだった。とても大きなスペースにも関わらず、全てガラス張りで覆われており外には植物がしなやかに育っている。天井から差す光が室内をキラキラと照らしていた。
「ここが本部のロビーです。共有スペースも多くありますから、いつも人で溢れています」
確かに、この男のようにスーツを着ている人や、機関の制服だろうものを纏っている人などが沢山いる。
「普段はもっと緩やかな雰囲気なのですが、先ほどのこともあって各部署が対応に追われていますので、慌ただしいですがご容赦ください」
そう言いながら、職員は人が入れ替わっていく間を器用に進み始めた。
その後を追いながら、興味深そうにしていた双樹の父が職員に話しかける。
「ここは、地下ですよね? なのに……」
「ああ、初めての方には違和感ですよね。植物は実際に植えていますが、その他の空や光は作り物です。我々はずっと地下で働いているので気が滅入ってしまわないように整備されたようです。実際効果があるかは分かりませんが」
なんせ周りを見る余裕もないですからね、と嘆くその男の横顔は酷く疲れて見えた。
対セルファ機関などブラックに違いない。いつどこで何が起こるか予測できないものを日々対処しているのだから、働き詰めで様々な制限に縛られているのだろう。
一方で職員になるにも一定の条件が設けられているという噂があり、世間一般よりも給金は貰っているのだろうがそれに関しては双樹の知ったところではなかった。
しばらく歩いていれば次第に人通りの少ない廊下を進んでいた。
「あのー、我々は一体どこへ?」
そういえば、と双樹は行き先を教えられていなかったことに気づいた。機関に来るという目的はとうに達成されていたのだ。
双樹の父の問いかけに職員が答える。
「指令室です」
「指令室?」
「はい。機関の中枢と言える場所で、関連する全ての情報が集まります。また、花柩を指揮、サポートし、盤面をコントロールするのもここの人間です」
倣って足を止めると、いつの間にか、冷たそうな銀に光る扉前だった。
職員が音声認証を通せば、それが音を立てて素早く左右に開かれる。
「そしてその最前線に立つのが、我らが指揮官、朝桐蓮」




