6話
双樹の背筋が凍った。
自分を捉えた、あの大きく不気味な目を思い出す。
自身が酷く無力に思えた、あの瞬間が思い出される。
『夏宮葵を乗せた後続の車両は別ルートに切り替えました‼』
「っ足止めは‼」
『第五、第六パイロットが出撃しています!』
「葉月姉妹か……相性が悪いな。他のパイロットはどうした!」
『機体の修繕やパイロットのコンディション調整などで出せないって指揮官が判断したんですっ! と、とりあえずその区間を走っているのは許可を得た草壁さんたちの車両だけですから、なんとか無事にここまでたどり着い、て、くださ……』
その時、車がトンネルの中に入って電波が悪くなった。
職員は舌打ちをしながら通話を切る。
「わ、私たちは大丈夫なんですか……?」
双樹の父が不安そうにそう聞くと、職員はもう一度ハンドルを強く握りしめて深呼吸をした。
「取り乱して申し訳ありません。今お二方も耳にしたでしょうが、これからセルファの側を潜り抜けることになります」
「そんな、」
「ですが、私が責任を持って本部までお連れします。機関の内部は安全です。それから、この車両も特殊な加工がされていますから多少の衝撃は耐えられます」
職員は安心させるために言った。
だがそんな言葉で恐怖が拭えるわけがない。
テレビの中の巨大生物が目の前に現れると言うのに、信用できるわけがなかった。
「っ、双樹」
突如、前方で大きな音が響いた。
揺れた車内で父が双樹の肩を引き寄せる。
確かに奴が近づいてきているのが分かり、静かに緊張が走る。
ついに長いトンネルを抜け、一瞬の眩い光が双樹の視界を歪ませた。
そして、次に目を開けた時にはそこに居た。
ゆっくりとした動作で、山間を踏み荒らす怪物が。
初めてそれを視界に入れた双樹の父は小さな悲鳴を漏らした。双樹も、息を止めてソイツから目を離すことができない。
現実味のない光景にただ圧倒され、同時に恐怖を覚える。
「あっ‼」
突然、双樹の父が声を上げた。
怪物の周りを白い何かが飛び回っているのだ。
それは透明に光る大きな翼を広げ、セルファと相対している。
それを、知らない者はいない。
「花柩だ……」
真っ白な身体にすらりとした細長い足。
しかし広い背中と、しっかりとした腕を持つ。
一つは水色の、一つは黄色の鋭い瞳をしていた。
機体は旋回しながらそれぞれ盾と槍を展開し、第三十一生命体の行く手を阻んでいる。
セルファは鈍いながらも巨体を振り回して花柩を落とそうとしていた。
「パイロットらが応戦してくれている間にここを抜けます!」
職員が緊迫した声を上げる。
進行方向を見れば、高速の先にいかにも人工的なシェルターの入り口が見えた。そこからが機関本部に繋がる道なのだろう。
この非常事態に誰もが心臓を早くしていた。一歩間違えば簡単に命が散る。
セルファは段々とこちらに近づいてきていた。
「なんでこんなことに……」
隣の父も気が気ではない。
セルファが雄叫びを上げたのに驚いて双樹が窓の外を凝視すると、花柩の大きく裂けた口がガバッと縦に開かれるのが目に入った。
まさに本格的な全面闘争が始まろうとしている雰囲気だ。
そう思ったのも束の間、花柩を追っていたはずのセルファの魚のような目がこちらを捉えた。
「っ‼」
双樹は鬼に見つかったかのような恐ろしさに身体が後ろに引く。
しかし、セルファは突然動きを止めて、花柩の攻撃を一方的に受けていた。
「何が起こっている?」
横目で様子を窺っていた職員からしても類を見ない光景らしい。
「だが好都合だ、このままパイロットが殲滅させればこの上ない」
そうして垣間見えた希望に少しだけ気を緩めた。
双樹らが張りつめていた息をほっと口から吐き出す。
花柩に囲まれる中、セルファが少し顎を上げた。
それは何気ない動作に見えた。
だがその大きく開かれた口から光が溢れ、天を一直線に照らしたのだ。
「あれって……!」
双樹の声に釣られて職員も窓の外を盗み見る。
「まさかっ、撃つ気か‼」
怪獣の口に込められたエネルギーはどんどんと増しているように見える。
あれが飛んできたならば、こんな車などあっという間に吹き飛ぶだろう。もはや塵すら残らないかもしれない。
「っ、二人共、しっかり掴まっていてくださいっ‼」
「は、はい‼」
職員の咄嗟の声に、双樹の父が窓際で釘付けになっていた息子をさらに引き寄せた。
パイロットたちも阻止しようと奮闘しているがあまり効果はないようで、遂にセルファは重い動きで正面を向いて強力なビームを解き放った。
「っ‼」
それは車両のすぐ後ろに突き刺さり、道路を破壊しながら双樹たちの乗る黒塗りを追ってくる。
衝撃で揺れる車体を上手くコントロールしながら進むが、追いつかれるのも時間の問題だった。このままでは焼き払われる。
「すぐ後ろまで来てるっ‼」
双樹が後部座席から覗くと、そこまで迫ってきているのが見える。
だが車のスピードを上げるのも限界で、彼らにはどうしようもなかった。
「クソっ……‼」
恐怖に体中の血の気が引く。
男はミラー越しに状況を確認して、タイムリミットだと唇を食いしばった。
まさに、車体が溶ける。
瞬間、左前方から一機の花柩がガードレールぎりぎりに滑り込み、その大きな盾で双樹らを攻撃から守った。
するとセルファの標的はそのまま花柩に移り、機体は車から遠ざかるように飛んでいく。
受け止められた光線がバチバチと弾け、大きな火花が空まで線を描いていた。




