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キド  作者: 野乃
第1章
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4話

 「双樹っ‼‼」


 体育館の隅でうずくまっていた双樹が顔を上げれば、久しぶりに見る彼の父親が焦ったように駆けてきていた。

 もうあれからすでに二日が経とうとしていた。


 「すぐに来てやれなくてすまなかった」


 単身赴任先の東火京(とうかきょう)から急いで来てくれたのだろう。

 双樹の父親はスーツのままで、息子を強く抱きしめた。

 それから、身体を起こして何かを探すように辺りを見回す。

 双樹はその様子をじっと見つめて、口を開いた。


 「……いないよ」

 「え?」

 「母さんと、葵はいないよ……まだ家に、……っ大きな岩に、押しつぶされて……俺が、置いてきたんだ……俺がっ‼」

 「っ……!」


 父は一瞬言葉を詰まらせた。

 しかし大きく息を一つ吸って、吐き出してから優しく言った。


 「……そうか……大丈夫、もう何も言うな……お前は何も悪くない。双樹が生きていてくれたことが、父さんは何よりも嬉しいよ。ここに居てくれて、ありがとう」


 双樹の喉が熱くなる。

 ようやく、父の背中に腕を回した。

 応えるようにもう一度強く抱きしめてくれた父の温度に安心して、止まっていた涙が静かに頬を濡らした。


 それからさらに二日が経って、二人は共に自宅に戻ってくることができた。

 道中で見た町の景色は悲惨なもので、まだ警戒態勢も解かれてはいない。

 だが、双樹たちの元に政府の職員がやってきて、特別に帰宅することを許された。

 真っ黒な高級車に、重機を引き連れて。


 「こちらが夏宮(なつみや)家ですね。それでは引き上げの作業を始めます」


 言われるがまま車を降りると、すぐに職員が指示を出してクレーン車が動き出した。

 呆然としたまま、その様子を見つめる。

 家は、あれから何も変わっていなかった。大きな岩が突き刺さって、めちゃくちゃになったまま。

 双樹がちらりと横を伺えば、父は拳をぎゅっと握りしめていた。

 だが双樹の視線に気づいた父は笑顔を作って、一つ呼吸を深く整えた後、職員に話しかけた。


 「……この辺りは、まだ危険なのではないですか。避難所では皆そう説明を受けていましたが」


 職員はちらりとこちらを見たが、また前を見据えて口を開く。


 「本来であれば我々がここに立ち入るのもまだ先のことでしたが、今回は幸いにも第三十一生命体が北上していったので護衛の下ここに来ることができています」

 「すぐには倒せないものなのですね」

 「えぇ、セルファは個体ごとに弱点が異なるため、その解明に数日を要します。次にパイロットが派遣されますが殲滅まで長期戦になることもままあります」

 「そうですか……」


 忙しなく動くクレーンと崩れ落ちる瓦礫の音が、何とも言えない二人の沈黙を埋める。

 突然現れた政府関係者との妙な気まずさを和らげようとした双樹の父だったが、職員は淡々と質問に答えるだけで気にも留めていないようだった。

 今度はその会話を聞いていた双樹が、不意に疑問を投げかけた。


 「それじゃあどうして俺たちだけが、こうも手厚い支援を受けてまでここに来ることを許されたんですか?」


 その問いに、ピクリと職員の肩が揺れる。

 双樹は彼らがコンタクトを取ってきたときからずっとおかしいと思っていた。被害に遭った家族を置いてきた人は他にもいるはず。しかし、政府は夏宮家にだけ複数の護衛を付けて、その上大掛かりな重機まで迅速に手配した。

 何かを急いでいるかのように。


 「あの、それは……」


 その時に初めて、職員は動揺を見せた。問い詰めようと双樹は口を開く。


 「見つけましたっ‼」

 「っ‼」


 だがそれよりも、叫ぶような作業員の声に反応して双樹は家の中に駆け込んだ。まだ危ないと制止する声も無視して。


 「母さんっ‼ あお、い……」

 「おい双樹‼ 急に、……っ、大丈夫落ち着け、父さんの方を見てろ」


 双樹を追いかけた父は目の前の光景に息を呑んで、立ち尽くす息子を自身の胸に収めた。

 赤黒く血がこびり付いた床の上で、もはや誰か判別できないほど、遺体はぐちゃぐちゃに押しつぶされていた。辺りに散る白花も、本来は美しいはずが血濡れて萎れている。

 父が嘔吐く双樹を強く抱きしめながら一度外に出ると、入れ替わるように職員たちが中に入っていった。

 双樹も覚悟はしていたが、あまりの惨さにとても受け入れられるものではなかった。むき出しになった骨に溢れ出た内臓がフラッシュバックして、息が浅くなる。

 父は双樹を適当に座らせて持ってきた水を飲ませた。

 背中を擦られながらゆっくりと呼吸を取り戻していく。


 「どうだ、落ち着いたか?」

 「……うん」


 大きな手が双樹の頭を撫でる。

 妻と一人の息子を失って、その様を見て泣き叫びたいはずなのに、父は双樹のために柔らかい表情を見せた。


 「……はい、夏宮百合は厳しいですが、次男の夏宮葵は胴部が残っていました。ですが、この後は検査をしてみないと何とも……はい、分かりました。そのように致します。それでは、失礼します」


 双樹はバッと顔を上げた。

 家から出てきた職員は誰かと電話口でそう会話をして、部下たちに何かを指示し始めた。

 聞こえた内容は、双樹が簡単にスルーできるものではなかった。怪しいと思っていたのが、確信に変わる。


「アンタ、一体何が目的でっ……‼」


 思わず立ち上がって、しびれを切らした双樹が噛みつくように声を張り上げた。

 だがゆっくりとこちらに向き直った職員は、今度こそ冷静さを崩さなかった。


 「……そうですね、こうお伝えすれば理解してくださるでしょうか」


 皺一つないスーツを纏った男が、双樹を見下げて言い放った。


 「夏宮双樹さん、貴方に第七パイロットとして、我ら対セルファ機関にご尽力頂きたい」


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