37話
「双樹! 待ってたよ」
暖かな光が降り、ほのかな花の香りが漂う。
双樹が車から顔を出すと、立派な洋館から藤が駆け出てきた。
「荷下ろし手伝うよ」
「ありがとう冬夜」
身辺もようやく落ち着きを見せ始め、休日の今日、寮への引っ越しに乗り出した。
藤は黒塗りの車後方へ回り込み、トランクを開けようと手を伸ばす。
「お待ちください」
だが何者かに止められた。
「これは私の仕事。万が一パイロットに何かあればどうします」
「あれ、水瀬さんどうしてここに」
藤はぱちりと目を見開く。
水瀬と呼ばれた彼女はすらりとしたモデルのような長身に、高く結われた真っ直ぐなポニーテールが特徴的で、その派手な目鼻立ちとは相反するように真っ黒なスーツに身を包んでいた。
「本日付で夏宮双樹様の専属護衛、兼付き人となりました」
「え、本当⁉ 水瀬さんが⁉」
「ということで、じっとしていて下さい」
感情のない声でそう言うと、水瀬はサッと重たそうな荷物を担いで寮へと入っていった。
藤は呆気としながら双樹へ近づく。
「ね、ねぇ双樹は知らないと思うけど、水瀬さんって結構凄い人なんだよ……?」
「そうなの? 朝家から出たら車が停まってて、水瀬さんが今日から俺の担当だって。自己紹介も聞いたけど、軍部の人なんでしょ?」
「水瀬有沙はね、あの軍部の頭である深山花楓の直属の部下だよ! 軍部こそ実力社会、上下関係は当たり前の環境で成り上がった人!」
捲し立てるように藤は続ける。
「花楓さんが唯一目をかけてるのに、その水瀬さんを寄越したってことは蓮さんが掛け合ってくれたんだよ。現状考えられる中では最高の護衛だ」
さっきまでは水瀬をただの機関職員だと思っていたが、そうやって力説されると少し見え方が変わってくる。
「俺専属なら、冬夜にも誰か付いてるの?」
「いいや? パイロット補佐をメインに動いてくれている人は何人かいるけど、特定の人が常時居るわけではないよ。専属がいるのは柊くんだけ」
「え、じゃあなんで俺なんかに……」
「単純にキドの能力が高いからだよ。この前話しただろ? 柊くんが色々と巻き込まれてること。キドの優生的思考が強い派閥からは、外交利用、崇拝、果ては誘拐まで。逆にキドの血を嫌う団体からは、その大きな象徴となる者として命を狙われる。つまり、柊くんレベルの力を持つ君も、その可能性が大いにあるんだよ双樹」
藤は理解を促すように真剣に語った。
「ですので、夏宮様は私のお側を離れぬよう、お願いしますね」
いつの間にか荷物を置いて戻って来た水瀬が双樹に言う。
どうやら会話の端を聞いていたようだ。
話を聞いて少し強張ってしまった双樹に、藤が茶化すように声をかける。
「そうだよ、双樹に何かあったらまず水瀬さんの首が飛ぶんだからね」
だが藤の意図とはそぐわず、水瀬は同意するように真顔で頷いた。
それを見た双樹はまた縮こまってしまう。
「ちょっと水瀬さん! そこは、ほら、そんなことないですよ~とか……!」
「事実ですから」
水瀬の表情は変わらない。
藤は双樹の肩をそっと寄せると、寮に向かって歩き出した。
水瀬がその後ろをついていく。
「双樹ごめんね、必要以上に怖がらせちゃった。水瀬さんも悪い人じゃなくて、ただ真面目なだけだから……」
「何か問題でもありましたか? 保護対象自身に現状を把握していただくことは今後の警護においても、」
「ちょっと水瀬さんは口閉じて!」
「ですが、」
「花楓さんに言うよ!」
途端に、背後が静かになる。
双樹がちらりと後ろを覗くと、口を横に引き結んだ水瀬が見えた。
まったくもう、と横で怒ったふりをしている藤の人脈の方が恐ろしいのかもしれない。
双樹は玄関を通る前に、一度振り返った。
「あ、あの、水瀬さん。これからよろしくお願いします」
自分を守り命を張ってくれる人に、このままでは失礼だと思った。
双樹が改めてそう言うと、水瀬は元の無表情に戻って、はい、と端的に返した。
「なんだなんだ、騒がしいな」
藤の言葉に二人も屋敷の中へ意識を向けた。
確かに上の方から少女たちの慌ただしい声がここまで響き渡っていた。




