31話
「ねぇ、父さん」
「ん? どうした双樹」
ごく普通のアパートの一室。少しだけオレンジがかったリビングの灯りが、大きく広げた窓際をぼんやりと照らしていた。
食卓の椅子を引っ張ってきて、夜の春風を感じていた双樹が徐に問いかけた。
「母さんと葵、お墓に入れてやれるかな……」
パーッと少し遠くに見える電車が左から右へと過ぎ去っていく。
タオルを首にかけた雷蔵はそっと冷蔵庫を閉じて、缶ビールを傾けた。
「いつになるかは分からないが、きっと。……そうだ、家の近くに良い墓地がある」
「家の近く? そんなの見たことないけど」
「ほら、裏山のほうさ。あそこを登っていくと、神社があるだろ? 分かりにくいがそこから少し道をそれると墓地が見えてくる。白い花が沢山咲いていて凄く綺麗なんだ」
「へー、知らなかった。母さん喜びそうだね。いつも庭を丁寧に世話してたし。葵も意外と花とか好きなんだよ」
「そうなのか?」
単身赴任の父はどんどんと成長する息子に会う時間も少なかったからか、やんちゃな葵の意外な一面に驚いているようだった。
「桜の花びらを拾って楽しそうだったんだ」
「はは、母さんに似たかな?」
雷蔵も片方の椅子をずるずると運んで、双樹の横に並んだ。
酒を呷って、夜風と街の音に体を沈める。
「……双樹、明日は学校休みだろ?」
「うん。でも午後からは本部で訓練がある」
「そうか。じゃあ少し父さんの夜更かしに付き合ってくれないか?」
そう言って唐突に立ち上がった雷蔵。
双樹が不思議そうな顔を向けていると、父はキッチンに立って調理器具を取り出した。
「つまみは何がいい?」
ハッとして双樹もその横に向かいながら、楽しそうに答えた。
「チーズの入った卵焼き!」
「おっ、いいな! 他にも余りものがあったかな」
「父さんはまたビール?」
「うん、双樹はジュースだな」
二人して冷蔵庫を覗き込み、ごそごそと漁っては色々なものが台に並ぶ。
雷蔵は寝間着の裾を捲り上げエプロンを着た。
父とこんなふうに過ごしたことがない双樹は、高揚感と夜の背徳感で心が躍る。
「映画も見る?」
「それなら、父さんおすすめの作品がある」
双樹がリビングを片付けながら聞くと、思いついたように雷蔵が言った。
部屋にはすでに美味しそうな匂いが漂い、空腹を誘う。
「父さんと母さんが初めてデートした時に見た映画」
「見たい! おすすめならそれ面白かったんでしょ?」
「いやそれが、父さんその時緊張しすぎて全然内容覚えてないんだよ」
「あははっ、なにそれ!」
「でも母さんは面白かったって言うから気になっててさ。じゃあ今夜はそれを一緒に見よう」
親子の楽しそうな会話がアパートの一室を明るく照らす。
換気扇の騒がしさに、静まり返った深夜のひと時。
何でもない、沈みそうだった春の夜の一日が、双樹にとってささやかに特別なものになった。




