2話
「にぃにー」
「んー?」
「さくら、きれいだね」
「ああ、そうだな」
左手に繋いだ小さな手のひらに引かれて辺りを見回せば、舗装されていない田舎の道に大きな桜が一本聳え立っていた。
家のそばにも関わらず、こんなにも満開だったことを双樹は知らなかった。いやたとえ目に入ったとしても、この弟に言われなければ気にも留めなかっただろう。
三月もほぼ終わりに近く、陽気な春の香りを漂わせている。
葵は手を離してすっとしゃがみ込み、足元にあった小さなピンク色の花弁を拾い上げた。
「おかあさんにあげるんだ~」
「そっかぁ」
「だってね、きょうは、ぼくのすきなハンバーグ、つくってくれるんだって」
「へー……」
再び歩みを進めれば、商品の詰まった右手のエコバックがガサッと音を立てた。
「……なぁ、母さんっていつも、ハンバーグに牛乳入れてたよな……?」
「ん?そうなのぉ?」
「やっべぇ……俺昨日ほとんど飲んじゃった……」
このまま数ミリ残った冷蔵庫の牛乳パックがバレればタダじゃ済まない。母親のおっかない顔が脳裏に浮かぶ。
「っ、葵! にぃにはちょっと牛乳を買いにスーパーに戻る!」
「えっ! ぼくも‼」
「いいや、葵には別の任務があります! もう目の前にお家があるから、この袋をお母さんまで届けてください」
「えぇ~やだ! にぃにといっしょがいい‼」
「だよなぁ……」
地団太を踏まれれば仕方がない。
「それじゃあこの任務が成功したら、夜ご飯までにぃにと遊ぼう」
すると、くりりとした瞳がさらに大きく輝く。
「ほんとう? にぃにがあそんでくれる?」
うん、と頷いてあげると、葵はその短い腕で買い物袋を精一杯に抱きしめて笑顔で歩き出した。転ぶなよーと小さい背に呼びかければこれまた元気な返事が返ってくる。
一生懸命玄関に入っていったのを見届けてから、双樹は踵を返す。
ゆっくりと歩いてきた道を全速力で走り出した。葵を連れて行ったら倍の時間がかかったことだろう。さっさと用事を済ませて、元気の有り余るあの子と存分に遊んでやらねばなるまい。




