13話
双樹は涙が枯れ果てる前になんとか泣き止んだ。
そろそろと起き上がって、赤くなった目を入口の洗面で軽く冷やす。
顔を上げるとポタポタと雫が伝い、双樹は鏡を見て笑った。服に着せられている己が、まるでコスプレをしているかのようで可笑しかったのだ。
まだ少し痛いがどこかすっきりとした頭で部屋を出る。少しばかり余裕のあるブーツがゴツゴツと廊下を軋ませた。
またガラス張りの壁が左に続いている。
作業員が慌ただしく動き回っているのに対して、双樹に横顔を晒す花柩は物凄く静かに見えた。息をしていない器なのに、なぜか鳥肌が立つ。
「あれ、…葵だっ」
双樹は丁寧に運び込まれてきていた立方体のボックスを見下ろし、すぐにそれがカイだと気づいて走り出した。
頑丈な箱はどんどんと花柩の足元に近づいていっている。
双樹は会いたかった。姿形が変わっても、会いたかった。
運ばれる葵を目で追いながらひたすら進み、行き止まりを曲がると、扉前に職員が一人立っていた。
あれが入口だと確信して、着くなり双樹は勢いに任せて懇願する。
「っ入れてください‼」
「え⁉ ぱ、パイロット、今は…」
許可が下りていないのか、はっきりとしない職員。
双樹は痺れを切らして、職員の隙をついてドアノブを思い切り押した。
「あ‼ ちょっと‼」
中へ入れば、金属の音や作業員の声が部屋中に反響していた。
手すりを掴んで下方を確認する。箱は開かれ、数人の男たちがカプセルに機械を取り付けているところだった。
双樹は制止する声を置き去りにして、鉄骨の階段を駆け上がる。
一方で花柩もカイを投入するための準備が着々と進められていた。
アームが花柩の顎を持ち上げて、完全に顔を上へと向かせる。そして、無理矢理その大きな口がこじ開けられた。
カンカン、と鉄とヒールの擦れる音。双樹はようやく、花柩の頭より少し高い場所にあった踊り場に出た。手すりを強く掴んで、上半身を乗り出す。
と同時に指揮官のアナウンスが鳴り響いて、花柩の顎下からアームに繋がれたカイが現れた。双樹の目の前にカプセルに入った胸骨がある。
透明な液体に浸けられて、小さな気泡が一つ浮かび上がっては消えた。
カプセルが大きすぎるように見えるほど、小さな小さな骨だった。
ギリ、と手のひらのスーツが鈍く鳴る。
あの時、弟がぎこちなく買い物袋を抱えながら我が家へ帰った後ろ姿から、初めての再会。あまりに残酷だった。これが葵かどうか判別することもできない。
カイはそのまま、すんなりと花柩の喉奥に落とされてしまった。
双樹は呆然としたまま、花柩が元の形へと戻されていくのを眺める。
「パイロット、搭乗準備ができました」