11話
試験室は途端にしんと静まり返る。
「朝桐さん……」
先に沈黙を破ったのは草壁だった。
朝桐を咎めるような、同時に心配を込めた声だった。
「……花柩は金と時間があればまた作ることができるが、パイロットはそんな簡単な話ではない。キドとして花柩を操れるほどの高い能力を持つ者は極少数。さらにそれを本人が自覚し、我々が把握できる数も絞られる。そんな状況下で、彼ほどのキドを手放すのは大きな損失だ」
「夏宮双樹は、第一パイロットと同等の力を持つと」
朝桐は小さく頷く。
「柊より強い可能性もある」
「それは……」
「だからこそ、パイロットになりたい意志が少しでも彼にあるならば、花柩の破壊など二の次に考えなければならない」
「しかし夏宮双樹は弟をカイとすることに執着を見せていました。なのに動かせないとなれば……」
「だからこそ。あそこで突っぱねていれば彼はもう花柩に興味を示さなかっただろう。一度乗らせてみて、無理だと理解してもらった方がまだ先の可能性がある。まあ、0%を0.01%に留めたようなものかもしれないが」
指揮官は花柩の頭上奥を見上げた。
草壁もそれに倣う。
「……始まったようですね」
ガラスの奥では作業服の男たちが慌ただしく動き回っていた。
二人の目の前に佇んでいた花柩は、アームに繋がれて移動させられていく。
「あの子は少なくとも自分の希少価値を分かっている。まだそれを利用しようとしてくれているだけでも救いだ」
一人だけ時間の止まったようにぽつんと動かない人影がある。
鉄骨の通路から花柩を見下ろす双樹。
朝桐がボタンを押し込むと、今度は違う色のランプが灯った。
「全体に告ぐ。只今より、花柩第七機の試運転を行う。パイロットは夏宮双樹」
小さなカプセルが花柩の口元まで運ばれて、大きな歯の内に飲み込まれた。
カイはいずれ心臓部に辿り着く。
双樹はそれをじっと見降ろして、花柩のコックピットに入っていった。
『カイの定着、パイロットの搭乗を確認。花柩、パイロット共に問題ありません。いつでもいけます‼』
無表情の花柩が項垂れたまま朝桐を見下げる。
「……第七機、起動‼」
朝桐の号令に、バチンッと大きな音を立てて花柩の固定が外された。
その衝撃で花柩の肩がゆるく振り子のように揺れた。
モニターで、ガラス越しで、肉眼で、大勢が注目を向けた沈黙。
ただ花柩の目に、色は宿らなかった。