10話
部屋が静寂に包まれた。
先ほどまでの希望が暗闇に吸い込まれる。
「……つまり葵君は、カイにはなれません」
世界は勝手に双樹を巻き込んで、置いていこうとする。
それではもはや、双樹にとって花柩はただの塊にすぎない。皆が憧れる花柩にも、世界を救うヒーローにも興味がないのだから。
ただ、彼のためなら。
「……俺は、葵でなければコイツに乗りません」
双樹は意志を貫き通す。
「っ双樹さん‼ 彼では動かないんです……‼」
不可能だと伝えているのに頑なな態度を取る双樹に職員が声を上げた。
だが双樹は少しも譲る気がなかった。無理ならば、ここで帰るのみ。
遂に職員が本格的に説得しようと前のめりになった時、咄嗟に指揮官がそれを制した。
「やめなさい草壁」
「しかしっ……‼」
そして指揮官はそのまま部屋に設置されていたシステム類まで移動し、緑のスイッチを押しながらマイクに投げかける。
「花澤、朝桐だ」
『はいっ!』
すると、聞いたことのある若い女性の声がスピーカーに乗って返ってくる。
おそらく指令室の職員と繋がっているのだろう。
「至急、花柩第七機の起動準備を。カイは夏宮葵」
双樹は目を見開いた。
様子から窺うに、この我儘が通ることは厳しいだろうと分かっていたから。
『えっ⁉ な、夏宮葵ですか⁉』
「無駄です‼ 動くわけがない‼」
ただ現場を知っている職員たちは明らかに動揺している。
「不適切なカイを搭載すれば、拒絶反応を起こした花柩が自己破壊するかもしれないんですよ⁉」
草壁の発した言葉に、双樹は朝桐を見た。
あまりにも機関側のリスクが大きすぎる。
そこまでしてどうして。
「やっと用意できた第七機ですよ⁉ 上が黙っちゃいない‼ そうしたら朝桐さんだって……」
「分かっている。万が一の場合は私が説得する。花澤‼」
『は、はい‼ 只今手配致します‼』
草壁はやるせない表情を浮かべ、拳を握りしめて黙り込んだ。
『夏宮双樹さんは隣の部屋へご移動ください! 担当者が向かいますので、指示に従ってご準備をお願いします!』
すると、壁に同化していた奥の扉がカチリと音を立てた。
「私も同行してよろしいでしょうか?」
「もちろんです。蕾蔵殿、ありがとうございます」
指揮官は姿勢を正してから丁寧に頭を下げる。
その感謝の言葉には多くの意が含まれているように聞こえた。
また双樹の父もどこかで折り合いを付けたようだった。
「行こう、双樹」
父は双樹の肩を引いて、朝桐の横を通り過ぎる。
双樹が歩きながらちらりと後ろを見ると、強いまなざしを持った朝桐と目が合った。
「……っありがとう、朝桐さん!」
双樹の張った声が部屋に響き渡る。
朝桐は穏やかに微笑んだ。
「こら、ありがとうございますだろ」
「いっ、痛いよ父さん!」
双樹は父に小突かれながらも、扉の先へと消えていった。