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5.逃げる者、立つ者
広場の一角、白馬の陰から様子を見ていたリオネルは、霧の奥に現れた異形の輪郭を目にした瞬間、ピタリと動きを止めた。
「……な、なんだあれは……」
先ほどまでの威風堂々たる態度は影も形もない。
彼の手に握られた短杖は、わずかに震えていた。
それでも、数歩だけ前へ出て、声を張り上げる。
「神の御力により、貴様など――!」
だが、異形が一歩、また一歩と霧を裂いて近づくたびに、その顔が青ざめていく。
「……う、嘘だ……これは、違う……」
目の前の魔物が、最初の“演出された霧”などとは比べ物にならない“本物”であることを、彼の本能が悟っていた。
「退け! そこをどけぇっ!」
従者たちを突き飛ばし、リオネルは我先にと教会の方へ駆け出した。
逃げ惑う村人たちの中を押し分けながら、足元にいた子どもをも乱暴に押しのける。
「きゃっ……!」
セラの身体が小さく跳ねるように倒れ、石畳に打ち付けられた。
頭を打ち、視界がぐらりと揺れる。
だが彼は振り返りもしない。
ただ、命惜しさに教会の中へと走っていくその姿は、もはや威厳とは程遠い、滑稽で無様なものだった。