2.ノクスの民との日々
夜、始まりの地の村には焚火の灯りがともり、家々からは温かな湯気と笑い声が立ち昇っていた。
その輪の中に佇む一人の少女——セラ。
その姿は、まるで夜明けに降りる銀の雫のようだった。
肌は雪のように白く、肩にかかる髪は柔らかな銀。
瞳は透き通るような灰紫で、時折、陽を映して淡紅に光る。
村では「月の子」とも囁かれた。あまりに異質で、美しく、そして——どこか、哀しげだった。
ノクスの村の中央にある広場には、今夜も子どもたちが走り回り、大人たちは焚火を囲んで日々の労を分かち合っている。
「セラ! こっちこっち!」
小さな少女に手を引かれながら、セラは笑顔で駆け寄った。
手作りの菓子、干し果物、焼いた根菜。決して豪勢ではないが、心が満ちる食卓。
「セラは今日、草薬の束を二つも作ってくれたんだぞ」
と誇らしげに語る老婆に、村の子らが「すごい!」と目を輝かせる。
アシュルはその様子を遠巻きに見ながら、口元だけ微かに緩めていた。
「アシュルも、もっとこっちに来なよ!」
セラの声に、アシュルは少しだけ肩をすくめ、焚火の輪に加わる。
村の長老が、静かに語り出す。
「我らは、教会にも、王にも仕えぬ。されど、この地と民を守ることに誓いを立てておる」
彼の言葉に、皆が自然と背筋を伸ばした。
「かつて大聖女と交わした誓い。それがある限り、我らは結界を守り続ける」
ノクスの民は、信仰ではなく誓いによって動く。
それは、血よりも深く、神よりも確かなものだった。
そして、セラもまた、その誓いの輪に迎え入れられた一人だった。
アシュルの母、レネアがセラの肩に手を置く。
「今日も無事でよかった。……誰かに変な目を向けられたりしてないかい? 貴族の子息とか、村に慣れない者はときに危ないからね」
セラはこくりと頷き、レネアの腕の中にそっと身を預けた。
「私は、大丈夫。……アシュルも、ちゃんと守ってくれたから」
「そうかい……よかったねぇ」
あたたかな声と、背に回された手の優しさ。
この村が、家だった。
そして、その静かな灯が、やがて訪れる嵐の前触れのように、揺れていた。