5話 結界
早朝、修一は式神召喚の練習をしていた。
“式神召喚”
白く輝く美しい毛並みの猫が現れる。
それを見て夜叉は嬉しそうに手を叩いた。
「すごいぞ!君には才能がある!きっと君はかつての私に引けを取らないほどの式神使いになるよ」
「ありがとう」
彼女のベタ褒めに思わず気持ちが高揚した。
「これである程度自分の身は守れそうだな。さて、上達した君にはこれをあげよう。次のステップだ」
夜叉はどこからともなく木刀を取り出した。
「その木刀は私が封印されていた祠から取ってきた木で作った物だ。長い私のそばにあっただけあってわずかではあるが私の影響を受けている。多少の術くらいなら容易に弾けるだろう」
修一は木刀の柄を握る。普通の木刀となんら変わりはなかった。
「これ本当に使えるの?ただの木刀にしか見えないけど」
「安心して!私が知ってる限りの術をかけたからね。それにほんの少し細工もしてある。君は剣道サークルに通ってるわけだから普通の人よりは上手く使えると思うよ!」
なるほどなと思いながら渡された木刀を剣道用のバックにしまった。
「コンビニでジュース買ってくるよ。夜叉は何がいい?」
「カルピスでお願いね」
「オッケー」
修一は引き戸に手をかけた。
すると夜叉が慌てて言う。
「やっぱり私もついてく!」
「なんで?一人でも大丈夫だよ」
「心配なんだよ。君一人だと」
全く、彼女の過保護ぶりには嫌気がさす。
だが修一は、夜叉と買い物するのも悪くないと感じた。
「わかったよ。行こう」
二人は引き戸を開け、朝日に照らされたアスファルトの上を雑談しながら歩いた。
修一はふと、気になっていることを聞いてみようと思った。
「街に放っていた使い魔がやられたって言ってたけど何があったの?」
「ああその話な。私は街に7体の強力な使い魔を放っていたんだが、そのうち5体が殺された。おいおいそんな顔するなって、ちゃんと一般人に危害が及ばないようにはしてあるから!」
「そもそも何で使い魔なんか放ったの?普通に考えて危ないじゃん。むしろ殺されて正解だよ」
「囮だよ、私の魔力を探知されないためのね。私は普段魔力を押さえているけど、それでも探そうと思えば探知されちゃうんだよ。だからわざと強い魔力を放出するように調節した使い魔を放ったんだ」
「…」
「ちなみに召喚した使い魔が7体の理由はそれが私が戦闘に支障をきたさずに保てる使い魔の限界量だからだよ」
修一はふーんと相槌を打ちつつ歩き続けた。
小さな森の横を通り過ぎる。
ガコン
何か大きな音がした。
(なんの音だろう)
修一は夜叉の方を見る。
いない!
さっきまで一緒に歩いていたのに!
修一はあわてて後ろを振り返る。
そこはうっそうとした森に変わってた。
「どうやら成功したようだな」
向き直るとそこには六角棒を持った大男が立っていた。
「貴様は今、俺が設置した結界の内部にいる。もちろん外から見つけることはできない」
面食らった修一は声が出ない。
そんな修一にお構いなしに大男は話し続ける。
「俺は貴様を殺しに来た。もちろん俺は無駄な殺生を好まない、特に貴様のようなまだまだ幼く、未来ある若者を殺したくはない。」
大男は目を閉じる。
「だが俺はやらねばならん。貴様は夜叉という穢れた存在と魂を共有している。だから俺は貴様を殺さなければならないのだ」
大男は、自身の中にあるわずかな迷いを振り払おうとしているようだ。
そして決意が決まったように目を見開き、六角棒を構える。
「悪く思うな、これは仕方がない事なのだ」
修一は慌ててバックの中から先ほど夜叉からもらった木刀を取り出し、構えた。
ブンッ
六角棒が修一の脳天めがけて振り下ろされた。
バチンッ
修一はしっかりと木刀を握りしめて受け止める。
衝撃が激しい振動と共に修一の手に伝わった。
力の差で押し負けるかのように思えた彼の木刀は、大男の強烈な打撃をしっかりと受け止めた。
大男はすぐさま六角棒の反対側を彼の脇腹めがけて打つ。
ガンッ
修一はそれを木刀の根元で受け止め、かろうじて脇腹を守った。
「抵抗しても苦しいだけだ。素直に死を受け入れろ」
大男が六角棒を思い切り横に振る。
修一は頭を下げてそれをかわす。
六角棒が風切り音を立てて頭上をかすめる。
修一は後ろに飛んで距離をとる。
素早く合掌し、大声で叫んだ。
“式神召喚”
すぐさま彼の足元に白く輝く猫の式神が現れた。
彼は式神の美しい瞳を見つめ、話しかけた。
「僕を守ってくれるかい?」
式神は修一の前に立ち、敵を睨む。
大男は叫ぶ。
「無駄な足掻きを…。貴様の式神はまだまだ未熟だ!そいつにこの俺を止めることはできない!」
大男が地面を思い切り叩く。猫の式神は何かを察知したように彼を後ろに突き飛ばした。
木の根っこが頭に当たる。
「いったー…」
修一は目を開けると絶句した。
さっきまでいたところに鋭く尖った岩が飛び出ている。
(危うく死ぬところだった)
彼は立ち上がると、大男の方を見据える。
大男が再び地面を叩く。
彼は横へ飛び、岩を避ける。
再び叩く。避ける。
大男はすばしっこく逃げる修一に苛立ちを覚えた。
「逃げても無駄だ!どんなに時間を稼いだとて、夜叉がこの結界内に入ることはできない!」
(本当なら…僕は自力で彼を倒さなければならない…)
かつてない程の恐怖が彼を飲み込む。
しかし、彼は決して希望を捨ててはいなかった。
修一は大男を見据える。
(このまま逃げ続けてはダメだ)
彼は全身に力をこめると、大男に切り掛かった。
これに大男は面食らった。さっきまで恐怖心に蝕まれていたか弱い青年が自ら戦いを挑んできたのである。大男は自らの動揺を覆い隠すように大声で叫んだ。
「なんだ?死を覚悟して自暴自棄になったか?」
修一は構わず木刀を振り下ろす。大男は素早くそれを受け止めた。
修一は素早く木刀の向きを変えると喉元をめがけて突いた。
大男はそれを弾き飛ばす。
修一の体勢が後ろに崩れる。
すると彼の式神はそれをカバーするように大男の腕に噛み付ついた。
式神の鋭い牙は彼の腕に食い込み、血がながれる。
「クソッ」
大男は腕に噛み付く式神を振り払うと後ろに飛んだ。
再び二人は距離を取り、二匹の狼のように睨み合う。
「どうやら貴様は俺が想像していたよりずっとたくましいようだな」
大男は合掌し、唱える。
“式神召喚”
白く輝く熊の式神が現れた。
「これで2対2だ。もう手加減はしない」
大男が力強く動く。彼の六角棒が右肩めがけて振り下ろされる。
ガチンッ
鋭い振動に修一は木刀を取り落としそうになる。
式神も戦っている。
彼の猫の式神は大男の熊の式神に対して明らかに力負けしていた。
大男の六角棒が彼の木刀を掬い上げる。
(しまった)
彼の放った攻撃が脇腹に直撃する。
修一は後ろ様に倒れた。
脇腹がジンジンと痛み、意識がもうろうとする。
式神も塵となって消えてしまった。
遠くから声が聞こえる。
「お前はよく戦った。もう楽になれ」
(ああ、僕は死ぬのか)
脇腹の痛みの苦しみも、恐怖と絶望に覆い隠され、あまり感じなくなってしまった。
バチン
突如後ろから大きな破裂音が響く。
結界が崩壊した!
「ここまでよく耐えたね。本当によくやったよ」
修一の心の中に温かいものが溢れ出す。
それと同時に彼の体は限界を迎え、気を失った。
夜叉は木にもたれかかっている修一をチラリと見た。
(修一の怪我は…まあ治せるくらいだな)
夜叉は大男と対峙した。
(力が強そうだ…ならば遠距離で叩くのみ!)
夜叉が合掌する。
ズズズズ…
彼女の足元の地面に暗闇が広がった。
そしてそこから大小様々な使い魔が這い出してきた。
夜叉は笑いながら言った。
「さて、次は私の番だよ」