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4話 旧北町第二病院

夜、街には強い風が吹いていた。


夜闇は街を包み込み、道路の端では街灯が冷たい光で墨のようにくすんだ地面を照らしている。


そんな道を一人で歩く少年がいた。

幼い見た目をした彼は、どこか大人びている。


彼が街灯の下を通り過ぎるたびに白い髪が照らし出された。

彼は強い目的意識を持ってこの静かな道を足早に歩いているように見える。


やがて彼は大きな建物の前で立ち止まった。


つたが絡み、長年の雨風にさらされた看板にはかすれた文字がぎりぎり読み取れる。


『北町第二病院』


少年は辺りを見渡すと、ゆっくりとその廃病院の中に入っていった。


カコン…カコン…


長い間放置され、錆びれた非常階段を彼は慎重に登る。

古い非常階段の先には留め具の外れた非常出口の扉があった。

その扉はすでに何者かに開けられており、暗い院中が見える。

暗い廊下に月明かりが差し込み、壁の文字を浮き上がらせた。


『2A病棟』


少年は注意深く中に入ると、静かな廊下を歩き始めた。


コツン…コツン…


長い間放置された廊下に彼の足音が石を投げ入れた水面のように反響する。

彼の白い髪が窓から漏れる月明かりで照らされた。


しばらく歩くと、彼はT字廊下の曲がり角で突然足を止める。

彼は耳を研ぎ澄まさせた。


(この曲がり角の先だ…)


彼は合掌した。

すると白く光る動物が現れ、暗闇を照らす。

毛並みの美しい猫だ。


(行くぞ)


猫が曲がり角を曲がると、同時に少年も走った。


その先には人らしきものがいた。

だがそれは全身真っ黒で5つの目を持っている。


(チッ、ヒトガタか)


猫の式神が飛びかかる。ヒトガタはドロリと溶けて消えた。

「…逃げたな」


彼は式神の方を向くと、式神の頭を撫でながら話しかけた。

「どこに行ったかわかるかい?」


式神は階段の方へと走り出した。

彼は急いでそれを追い、1階へ駆け降りた。


彼らは長い廊下に出た。

「居るなら出てこい」


静かな廃病院の廊下ではどこからか水の垂れる音がかすかに響いている。

それ以外の音は一切しない。静寂が彼らの周りを包み込む。


ガコン!


突然、天井の換気口からヒトガタが彼の方に飛び出した。


(クソッ)


彼は体を右側に投げ出し、なんとかかわす。


ヒトガタと少年が向かい合う。


ヒトガタが地面に手を突っこんだ。

地面から黒い棘がはえ、少年の方へ巨大な弾丸のように飛んだ。


彼は冷静に人差し指と中指をヒトガタの方へ向けた。


瞬間、幾千もの細かな斬撃がヒトガタの方へ飛ぶ。

ヒトガタが放った黒い棘は空中で粉々に砕けた。


衝撃で埃が巻き上がり、視界を妨げる。

彼は目を細め、敵を捉えようとする。

(ヒトガタの姿が消えた…)


刹那、彼は後ろから放たれる蹴りに気がついた。


ガンッ


少年は腕でヒトガタの強烈な蹴りを受け止めた。


すかさず猫の式神がヒトガタの首に鋭い牙を食い込ませた。


ヒトガタはわずがに混乱する。ヒトガタには二つの敵に対応するほどの知能がないようだ。


そのわずかな混乱を、少年は決して逃さない。


彼は手のひらをヒトガタの黒い胸元に押し当てた。


一瞬の静寂。


ヒトガタはバラバラに砕けた。


猫の式神が少年に駆け寄る。

彼はそれを宝物のように抱きとめると頭をなでた。

「よくやったね。君のおかげだよ」


少年と猫の式神は出口に向かって歩き始めた。

歩きながら彼はズボンの右ポケットから小さな木片を取り出し、それに向かって話し始めた。

「終わったよー」


すると木片から声が返ってくる。

「奴はいたか?」

「居なかったよ。僕たちが見つけた強い魔力は人型の使い魔から出てたものだったみたいだね。にしても5件連続スカとは…、僕たちも運が悪いね」

「そうか、だとすると残るは栄町第一小学校か元北山作業所のあたりか?」

「いやちがうね」


頭ごなしに否定され、相手の機嫌が少し悪くなる。


「…何かわかったのか?」

「これは明らかなブラフだ。夜叉ならわざわざこんな分かりやすいことはしない。むしろ今怪しいのは日和田山付近だ。ここでは最近小さい魔力が何度か確認されている」


木片の向こうからハッとした声がする。

「槍使いのやつが行方不明になったのもそのあたりだ」

「どうやら、ある程度目星がついたようだね」


少年はやっと気づいたのかとばかりに小さくため息をつく。

「僕はこのまま残りのやつを討伐してくるよ。さすがに放置すると…、少々やっかいだからね。だから君が行ってくれ」


木片の相手は驚いた声を出した。

「まてまて、俺一人でか?!犬神のお前無しに奴を倒すのは難しいんじゃないか?」


「夜叉は頭がいいからね。使い魔が殺られたらそれに気付けるようになにかしら対策を打っているだろう。もしすべての使い魔を殺したあとに行くのだとすれば、そのころには彼女はもう逃げおおせてるだろうよ」


木片の相手はやや不服そうな声で答える。

「…仕方がないな、俺が行く」


少年はにこやかに答えた。

「ありがとう!」

言い終わると少年は木片を右ポケットにしまった。


「まあ…骨は拾ってやるよ」


正面玄関の内鍵を開け、外に出る。

夜の空には月と星が美しく輝き、そよ風が廃病院の庭の下草を揺らしてカサカサと心地の良い音を奏でていた。


彼は空を見上げ、靴底から感じる地面の柔らかな感触を楽しみながら猫の式神に語りかける。

「あれは夏の大三角形かなー、何度見かけたかはもう忘れっちゃったけど、いつみても綺麗だねー」


道路のカーブミラーに一人と一匹の姿が映る。

静かな町の暗闇の中では、白く光る猫の式神と彼の白い髪の毛が際立って見えた。

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