1話 森の祠
「暑い…足痛い…早く家に入りたい…アイス食べたい…」
修一は石蹴りをしながらうめいた。
ジトっとした空気は身にまとわりつき、照りつける光は行き先に蜃気楼を造り出している。
「急いで帰らなきゃ」
修一はさっきから蹴り続けている石を強く蹴った。
「あ…」
彼の蹴った石は道のわきにある小さな森の方向に飛び…
ガシャン!
(やっちまった)
明らかに何かが割れる音がした。
修一は逃げようか迷った。
が、結局様子を見に行くことにした。
彼は決して誠実な人間ではないが、正義感だけは一丁前にあったのだ。
森に踏み入れるとそこは灼熱のアスファルトと打って変わってひんやりとしている。
森の木々が作る天然の日除けの下では蝉たちが大合唱をやっている。
苔と腐葉土のにおいが鼻をくすぐる。
(心地いいな…)
修一はそこでゆっくりと深呼吸をすると、森の中を進んでいった。
「…確か飛んでったのはこっちの方だったはず…あ!」
祠だ。
ずいぶんと昔に作られたもののようで木は腐り、苔が生えていた。
そして半開きになった扉から中が見える。
御石が割れている!
壊してしまった御石を前に彼の正義感は砕け散ってしまった。
(…逃げよう)
修一は後ろを振り返り、走り出した。
「待て」
背筋が凍った。
(バレた!)
こうなればやる事は一つ。
「ごめんなさい!わざとじゃないんです!事故なんです!許してください!」
「落ち着け、私は君に謝罪を求めているわけではない」
修一は振り返り、声の主の方を見た。
が、そこには誰もいなかった。
いるのは黒く毛並みの美しい猫だけだ…。
次の瞬間彼は驚愕した。
なんとその猫が話し始めたのだ!
「君には感謝している。君のおかげで私は今ここにいられるわけだからな」
「あなたは…いったい…」
「私の名前は夜叉!この祠に封印されていた化け猫さ。封印されたのはどれだけ前だったかな…もう忘れてしまったよ」
猫は目を細めケラケラと笑った。
修一は自分の顔をつねってみる。
すごく痛い。
(これは現実なのか??)
混乱する修一をよそに黒猫は話し続けた。
「君、私と契約を結ばないか?」
「契約?」
「君の魂を私に共有させてくれ!そうすれば私は本来の姿を取り戻すことができる!」
「いやですよそんなの、魂を共有するって絶対危険じゃないですか」
「大丈夫だって、安心安全!。それにこの契約を結べば私と同じ力が使えるようになるぞ?」
(この喋る猫と同じ力…)
猫の言葉が修一の好奇心をくすぐる。
「…あなたと同じ力?」
「そう!私と同じ力だ!とてもすごいぞ!幼い頃は神童、成長してからはてんさいと呼ばれたこの私と同じ力だ!」
「本当なんですか?」
「安心しろ、契約を結ぶときは嘘をついてはならないという誓約がある」
修一は目を閉じて考えた。
こんな胡散臭い契約など絶対結ばないほうがいいに決まってる。
…でも、ちょっとだけ気になる。
「…結びます」
彼は結局、好奇心に勝つことができなかったのである。
修一は目を開くと驚愕した。
目の前に猫ではなく巫女装束を着た長髪の女性が立っている。
彼女のひとみは白と黒の勾玉が組み合わさった太極図のようで、少し不気味だ。
夜叉は心底嬉しそうに笑いながら言った。
「よく言った!これからよろしくな」
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ガラガラガラ
修一は玄関の引き戸を開けた。
「おかえりー」
「ただいま」
奥からおばあちゃんが出てきた。
修一は高校に進学して以来、ずっと高校に近いおばあちゃんの家に住んでいる。
おばあちゃんは手に小さなスコップを持っていた。
おそらく庭の手入れをしていたのだろう。
足腰が多少悪くなってきてはいるが、歳の割に元気な人だ。
「スイカ用意してあるわよ」
「ありがと、あとで食べるよ」
修一はきしむ床を踏みしめながら早足で2階の自分の部屋に向かった。
部屋につき、リュックのチャックを開ける。
中から黒猫が顔を出した。
「いやーご苦労さん。なかなか乗り心地良かったぞ!」
「人の姿になれるなら自分で歩けばいいのに…」
「あの姿は疲れるからな。楽したいのよこっちも」
夜叉は楽しそうにケラケラと笑った。
(運ぶ人の気も知らないで…)
夜叉は座布団の上に寝そべるとふと思い出したように言った。
「そう言えば君の名前を聞いてなかったな。なんで名前なんだい?」
「木下修一です。高校1年生です」
「いい名前じゃないか!高校1年生がなんなのかは知らないが」
修一は我慢できずに聞いた。
「あなたの力、見せてくれますか?」
「えー?いまー?もう少しゆっくり話したいんだけど」
夜叉は不機嫌そうに目を細めた。
「しょうがないな、君がそこまで言うなら見せてやるよ」
「ありがとうございます」
「あとその敬語やめろ、私たちはもう親友なんだから」
いつ親友になったのかは定かではない。
が、とにかく見せてもらえることになった。
修一は喜びと期待で胸を膨らませた。
下からおばあちゃんの
「買い物行ってきますー」
という声が聞こえた。
「お!ちょうどいい。庭でやろう、広ければ広いほどいいからな」
夜叉は巫女装束姿の女性に変わった。
しかし頭には猫の耳がついたままでシッポも隠していない。
「それ隠さないの?」
「誰もみてないからいいよ。それに私はこっちの方がしっくりくる」
二人は庭に移動した。
「よし!じゃあかつててんさいと呼ばれた私が特別に術を見せてやろう!」
(なんだかんだで乗り気じゃねーか)
夜叉は庭の真ん中に立つと、合掌した。
さっきとは打って変わって真剣な表情をしており、緊張感が漂った。
吸い込まれるような青空の下、庭の花が風でかすかに揺れる。
強い日光ですっかり乾かされた土はわずかな風でも砂塵を起こした。
夜叉が呪文を唱えた。
“使魔召喚”
地面に小さな黒いしみが現れた。
それはどんどん大きくなり、みるみる内に真っ黒な底なし沼の様になった。
そして、その沼から何かが浮き出てくる。
5つの目を持ちバッタの様な見た目…化け物だ。
「なんだ…こいつは」
「私の使い魔だよ」
夜叉は異形の化け物を愛おしそうに見つめた。
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