第35話 黄金世代
カインとアゼルとの会話を終え、アーサーが向かったのは懐かしい旧友たちの元だった。
その旧友とはロザリアとミリエル。
ミリエル・フィオナ——史上最年少で王衛騎士団の団長に就任したエリートであり、ロザリアとは学園時代からの親友だ。
ロザリアは教師として参加しており、ミリエルは国王であるエドガーの護衛としてドミノオスにやって来ていたのだ。
ふたりは並んで静かに言葉を交わしていたが、アーサーの姿に気づいた途端にぴたりと会話を止め、声を揃えて口にした。
「「遅いですよ」」
やや睨むようなその言葉にアーサーは申し訳なさそうに手を上げる。
「ごめんごめん。少し話が盛り上がってしまってね」
後輩ふたりに咎められながらも、どこか余裕を崩さず軽く受け流すアーサー。
その態度が逆にこの三人の関係性を物語っていた。
「それじゃあ、プチ同窓会を始めようか」
ふっと空気が緩む。ロザリアがふと思い出したように問いかける。
「ラウル先輩は来ないんですか?」
「地下迷宮でトラブルがあったらしくてね。参加したかったらしいけど、その処理に追われてるみたいだよ」
アーサーの言葉にミリエルが寂しそうに視線を落とした。
「残念ですぅ……」
その様子にロザリアがすかさず茶化す。
「まだラウル先輩に気持ちを伝えてないのか。何年片思いを続けるつもりだ?」
「そ、そんなこと言われても……会える機会もないし、会ったら会ったで緊張しちゃうんだもん」
「天下の王衛騎士団の団長が告白もできない意気地なしってバレたら部下が泣くぞ?」
「そんな事言わないでよぉ……」
からかいと抗議。
そんな二人の掛け合いはまるで学園時代に戻ったかのようであり、アーサーにとってもこの構図は見慣れたものである。
いじめっ子気質のロザリアといじられ体質のミリエル。そのやりとりは何年経っても変わらない。
だが、アーサーは決して2人の関係性を疑わなかった。むしろ、どれだけ軽口を叩き合っても互いを深く信頼していることがひしひしと伝わってくる。
とはいえ、さすがにミリエルの目元が潤んできていたのを見てアーサーは軽く助け舟を出す。
「……次はグレイのお墓参りにでも行こうかってラウルが言ってたよ。その時はちゃんと四人で集まろうってさ」
その言葉にロザリアとミリエルの表情が和らいだ。しかし同時にほんの少しだけ切なげな色が差す。
アーサー、ラウル、ロザリア、ミリエル、そしてグレイ。
彼ら五人が“魔紋五傑”だった頃、その代は「黄金世代」と称され今なお語り草となっている。
卒業後も彼らはそれぞれの道で名を馳せていった。
アーサーは言わずと知れたシャイターンの第一王子。生まれながらにして才能に恵まれ、王族としての器を備えていた。
ラウルは冒険者として瞬く間にSランクへと到達し、今ではシャイターンの代表として地下迷宮の管理人という重責を担っている。
ロザリアは難関と言われるゼーレクス悪魔専門学園の採用試験に一発合格という快挙で教職に就いた。
そしてミリエルは若くして王衛騎士団の団長の座にまで上り詰め、今やその名を知らぬ者はいない。
それぞれが輝かしい進路を歩んできた。
ただ一人——グレイを除いて。
彼はアーサーやラウルと同学年で、ロザリアやミリエルよりも一つ上の先輩だった。
若かったこともあり、当時の彼らがそれぞれ強烈な個性を持っていた中でグレイはその潤滑油のような存在だった。
表向きのリーダーはアーサーとされていたが、五人の中で“精神的支柱”として皆が信頼を寄せていたのは間違いなくグレイだった。
そして、それに伴う実力も持っていた。
象徴の相性によって、アーサーはグレイに強く、グレイはラウルに強く、ラウルはアーサーに強い——という三竦みを形成していたほどで、互いを意識して高め合う関係だった。
だが、悲劇はあまりに唐突に訪れた。
彼らが四年生だった頃。
休日を利用して田舎にある実家へ帰省したグレイ。
静かで平和な村だった。騒がしい都会の喧騒とは無縁の風と土の香りが漂う場所。だがその空気は彼が帰った初日の夜に一変した。
突如として村をワイバーンが襲ったのだ。
ワイバーンはA級危険生物——国が正式に討伐隊を組んで対処するほどの魔物。通常であれば実力者が三人以上集まってようやく対処できるという程の脅威。
そんな魔物がなぜこんな片田舎に現れたのかは誰にも分からなかった。
ただ、村にワイバーンと対峙できる実力者などいるはずもなく、住民たちは恐怖に怯えて逃げ惑うことしかできなかった。
しかし一人——グレイだけが武器を取り、村を守るために立ち向かった。
それが彼の最後の戦いとなった。
ワイバーンの爪が空を裂き、咆哮が山間に響き渡る。
グレイは己の全力を出し切り、共鳴率の限界を超えてまでも立ち向かった。
そうして死闘の末にワイバーンを討ち果たすことに成功した。
だが——
それは代償を伴っての勝利であった。
共鳴率を超えての象徴の使用は心身そのものを削る危険な行為だ。
限界を超えればその反動は確実に体を蝕む。
戦いの翌朝、村人たちが感謝の言葉をかけに会いに行くと、グレイは静かに息を引き取っていた。
痛みも苦しみも見せずまるで眠るように。
その訃報それから1週間後にアーサー達に伝えられた。
知らせを聞いた瞬間、アーサーとラウルは言葉を失った。
ミリエルはその場に崩れ落ち、涙を止められなかった。
ロザリアは誰とも話さず、部屋に籠もって数日間、姿を見せなかった。
あまりに突然すぎて実感など湧かなかった。
生徒たちに「共鳴率の限界は超えるな」とロザリアが口酸っぱく言う理由はそこにある。
自らの限界を超えて戦い、大切な命を失った仲間がいたからだ。
無理をしてほしくない。もう二度とあの痛みを味わいたくない。
だからこそ彼女は時に鬼のように厳しく訴える。
それが彼女なりの“弔い”だった。
グレイは何も告げずに逝ってしまった。
最後の別れも感謝も何一つ伝えられなかった。
ただ、誰よりも強く誰よりも優しい彼は最後まで“誰かを守る”という生き方を貫いたのだ。
その後、残された者たちは順当に卒業してそれぞれの道を歩んでいった。
今でも年に一度、こうして国家交流祭のパーティーで顔を合わせる。
あるいはグレイの墓前に集まることもある。
しかし、逆に言えばそのどちらかでしか集まらないのだ。
アーサーは思う。
(グレイ……もし君が生きていたらもっと頻繁に集まろうと言っただろうね)
彼は皆を繋ぎ、自然と輪の中心に立っていた。
グレイがいない。
たったそれだけでかつての“魔紋五傑”は心のどこかで歯車が欠けたままのようだった。
それほどまでに彼の存在は大きかったのだ。
(でも、いつまでも君に頼ってばかりじゃいけないよね……)
アーサーは静かにグラスを置き、窓の向こうの星空へと一瞬視線をやるとそっと微笑みを浮かべた。
そして、目の前のふたり——ロザリアとミリエルに向き直り、穏やかな声で話しかける。
「これからはもう少し頻繁に集まろうか。こうして顔を合わせて...他愛もない話でもいいからちゃんと言葉を交わそう」
その裏にあるアーサーの真意をロザリアとミリエルは一瞬で察した。
長年の絆があるからこそ、言葉の端に宿る想いを彼女たちは確かに読み取った。
「「……そうですね」」
ふたりは声を揃えて微笑み返し、そして顔を見合わせてくすっと小さく笑った。
「無理矢理にでもラウルを連れて来れば良かったな」
「私だったらそうしてましたよ!」
「ラウル先輩も忙しそうなので許してあげてくださぃ」
そうして始まった“プチ同窓会”は次第に昔の思い出話でにぎわい始めるのだった。