第31話 攻城戦 ⑤
ノエル先輩が不死のアーティファクトによって退場させられた——それも、ロベールさんを道連れにするような形で。
信じられない光景に会場全体が水を打ったような静寂に包まれていた。
観客席の空気が一瞬にして凍りつくのがはっきりと感じられる。
僕も例外ではなかった。
開いた口が塞がらず、ただモニターを呆然と見つめ続ける。
(どうしてあんな無茶を……)
心臓がドクンと大きく鳴る。
隣に座っていたロザリア先生も口を半開きにしながら低く呟いた。
「ノエルらしくないやり方だな……」
その言葉に僕は無意識に小さく頷いていた。
——そうだ、ノエル先輩はもっと冷静で、合理的で、無駄を嫌うはずの人だ。
自分を犠牲にするなんて彼女らしくない……そう思った。
だが、その時。
「でも、これで分身体を警戒する必要は無くなりましたからね」
リアムさんが落ち着いた声でそう言った。
僕は驚いてリアムさんの顔を見た。
「勝つためなら自分の犠牲すらも厭わない……それってむしろノエル先輩らしいんじゃないですか?」
「……あ、そうか……」
その一言で僕はハッとした。
横ではロザリア先生も小さく「なるほどな」と呟いている。
リアムさんはそんな僕たちの反応を見て「……まあ、僕も正直びっくりはしましたけどね」と笑った。
その時だった。
「……あれ……フェリス先輩の様子が……」
アリアさんがぽつりと呟く。
僕たちは一斉にモニターへと視線を戻した。
そこにはいつもは明るい笑顔のフェリス先輩の見たこともない表情が映し出されていた。
笑顔なんて一片もない。唇は強く結ばれ、怒りに満ちた瞳はまっすぐフレデリックを睨んでいる。
さらに、彼女の体を纏う雷はいつもの鮮やかな青ではなかった。
それは——黒
黒雷が音を立てて弾けている。
「……フェリス先輩...もしかして相当怒ってる?」
僕がそう呟くと、リアムさんはすぐ頷いた。
「うん。多分、相当怒ってるね」
視線の先にはフレデリックがいた。
彼はフェリス先輩の変化に気づいているはずなのに口角を上げ、不敵な笑みを浮かべている。
だがもう一人、違った反応を見せている人物がいた。
それはヴァレリアさんだ。
彼女は即座に戦闘態勢に入っていた。
腰の装備から抜き取ったのはミスティさんが使っていたものと同じく、グリップと鍔しかない剣。
ただし、そのサイズはミスティさんのものより一回り大きい。
次の瞬間、ヴァレリアさんは波動を解放し、刀身を形作る。
現れたのは——巨大な大剣。
彼女はそれを両手で握り、すぐさまフェリス先輩へ駆け出した。
どうやら今のフェリス先輩を危険と判断して、早めに決着をつけるつもりのようだ。
ヴァレリアさんはあっという間にフェリス先輩の目の前まで距離を詰め、大剣を振り上げる。
だが——
「……え?」
僕は息を呑んだ。
黒い稲妻が弾け、フェリス先輩の姿が一瞬で消える。
次に現れたのはフレデリックの背後。
そして、強烈な一撃。
黒雷を纏った渾身の蹴りがフレデリックに叩き込まれた。
フレデリックはギリギリで反応して防御態勢を取ったが、その防御を貫通するかのように彼の体は吹き飛ばされる。
フレデリックは無様に木に激突し、そのまま地面に転がった。
(今までのフェリス先輩とはまるで別人だ……)
フェリス先輩に吹き飛ばされたフレデリックが地面に転がりながらもぐっと顔を上げ、ゆっくり立ち上がる。
フレデリックがフェリス先輩に向かって怒鳴っている。よく聞こえなかったが、何を言ったのか僕には分かった。
「殺してやる」
間違いない。
そう言い放ったフレデリックの顔はさっきまでの余裕をはるかに超えた激昂に歪んでいた。
鋭い瞳がフェリス先輩を真っ直ぐに貫いている。
その殺意が画面を通してこちらにまで届くようで僕は思わず小さく身震いした。
対するフェリス先輩も怖いほど真剣な顔で黒い雷を纏いながらフレデリックを睨み返している。
しかし——
戦場には図らずともまた置いてけぼりにされた人がいた。
「私を無視はさせないぞ!」
ヴァレリアさんだ。
置いていかれたことなど全く気にする様子もなく、意気揚々とフェリス先輩へ再び突っ込んでいく。
ヴァレリアさんがいるとフレデリックの相手をまともに出来ないと察したフェリス先輩は一時的に狙いを変えた。
自分を狙う大剣が勢いよくを振り上がった瞬間——フェリス先輩はそれを避け、短剣を構えて一気に間合いを詰める。
狙いは首元。
しかしヴァレリアさんは瞬時に反応し、首を逸らしてギリギリで回避、逆に大剣を思いきりフェリス先輩へと叩きつけた。
フェリス先輩は短剣を両手で握り、防御に移る。
刃と刃がぶつかり、鈍い衝撃が画面越しにも伝わる。
「っ……!」
防御は成功したが、完全に勢いを殺しきれず、フェリス先輩の体が少しだけ後ろへと押し飛ばされる。
いくらフェリス先輩が本気を出したとはいえ、相手はドミノオスの選抜メンバーであり王族の1人だ。
そんな簡単に倒せる人物では無いと改めて理解させられる。
体勢を立て直したフェリス先輩のもとにすかさずフレデリックが追撃に入る。
彼の手が何度も振るわれるたびに次々と爆発がフェリス先輩を襲う。
——必ず俺が殺してやる
フレデリックからはそういう執念がはっきりと感じられた。
けれど、フェリス先輩は難なくそれを回避していく。
しかし、その表情は明らかに鬱陶しそうで「いい加減にしてよ!」とでも言いたげだった。
爆発を最後まで避け切ると、フェリス先輩は少しだけ距離をとった。
すると、自分の顔を1回だけ叩き、静かに目を閉じた。
(え……?)
次の瞬間——
フェリス先輩の放つ雰囲気がまた変わった。
黒い雷が激しく弾け、先程よりも荒々しい気配が全身から立ち上がっていく。
(な、何だ……!?)
それを見たヴァレリアさんとフレデリックの表情が僅かに険しくなるのが分かる。
だが、驚いたのは彼らだけじゃなかった。
隣にいるロザリア先生がぎゅっと眉を寄せ、深刻な顔つきで呟いた。
「……共鳴率の限界を超えて象徴を使うなとあれほど言ったのに」
先生は小さく頭を抱え、困ったような、そして焦ったような顔をしている。
(共鳴率の限界を超える……最近だとエリオスさんがノエル先輩と戦った時にやっていたことだよね)
僕の視線は自然とエリオスさんへと向かう。
周囲の仲間たちも同じことを思ったのだろう。みんながそろって彼の方を見ていた。
気づいたエリオスさんは少しだけ肩をすくめ、乾いた笑みを浮かべて口を開く。
「……一度限界を超えた身から言わせてもらうなら、もう二度とあんな行いはしないと誓うレベルだ」
続けてロザリア先生が苦い表情で言葉を継ぐ。
「あの時、エリオスが共鳴率を超えたのはほんの一瞬だ。それだけであれほどの痛みが生じる。もしそれを長く続ければ体はどんどんボロボロになり……最後には死に至る」
その言葉に僕の喉がカラカラに乾くのを感じた。
(そんな……)
共鳴率を超える——それはただの無茶では済まない。命を削る賭けなのだ。
モニターの中でまさにそれをやろうとしているフェリス先輩を見て胸がぎゅっと締め付けられる。
ロザリア先生も同じだった。
普段は底抜けに明るい先生なのに、今は不安そうな目でじっとモニターを見つめている。
……こんな先生の表情、初めて見た。
僕は再び画面へ視線を戻す。
そこでは一方的な戦いが繰り広げられていた。
共鳴率の限界を超えたフェリス先輩の力は圧倒的だった。
ヴァレリアさんとフレデリック、2人を相手にしているのに押しているのは明らかにフェリス先輩の方だ。
(でも…それでも倒しきれないのか)
逆に言えば、それが2人の強さの証明でもあった。
フェリス先輩の表情は痛みに顔を歪め、汗が滴り落ちていた。
その顔を見て全身が震えそうになる。
それは、糸が切れる寸前のように危うい光景だった。
そして——その時はついに訪れてしまった。
ヴァレリアさんもフレデリックも息を切らし、満身創痍の状態。
だが、フェリス先輩の消耗はそれを遥かに超えていた。
フェリス先輩も自分の限界が近いと分かっているようで、決意したように視線をフレデリックへ定めた。
(確実に一人は倒そうとしてる……いや、フレデリックだけは絶対に許さないのか……)
何が彼女を駆り立てているのかはわからない。
だけど、その両方かもしれないと僕は直感した。
そしてそれをフレデリックも察知したのだろう。
フェリス先輩を近づけまいと周囲に爆発を次々と起こし、牽制を仕掛ける。
だが——
フェリス先輩の黒い雷がそれらの爆発を飲み込み無力化した。
その光景に観客席からかすかなどよめきが漏れる。
そして、フェリス先輩は隙が生まれたフレデリックに向けて最後の一撃を放とうとする。
(決まる……!)
思わず僕の手がぎゅっと拳を握りしめた。
観客席全体が息を呑む。
だが——
「……え?」
どさっ
フレデリックの目の前でフェリス先輩の膝が落ちた。
黒い雷がふっと消える。
フェリス先輩は肩で荒く息をしていた。
顔は苦痛に歪み、唇がかすかに震えている。
(ついに限界が…)
全身に走るぞわりとした寒気。
心の中で叫びたくなるのを必死に抑えた。
隣のリアムさんやロザリア先生も唇を噛んで画面を見つめている。
しかし、そんな僕たちとは対照的にフレデリックは邪悪な笑みを浮かべているのだった。




