第18話 勝ち抜き戦 ③
先鋒同士の戦いを制したのはイリスさんだった。
僕たち1年生のメンバーは他の観客に負けじと歓声を上げた。まるで自分たちのことのように声が枯れるまで、彼女の勝利を称えた。
イリスさんは息を整えながらこちらに視線を向け、軽くピースサインを掲げてくれる。顔には汗がにじんでいるのにその表情は誇らしげで、少しだけ照れているようにも見えた。
それを見た瞬間、僕は自分の手のひらにびっしりと汗をかいていることに気がついた。無意識のうちに手を握りしめていたらしい。最後の駆け引きに息をすることすら忘れていた。
「随分と力が入ってましたね」
隣から聞こえてきたのはアルノー先生の落ち着いた声だった。
「息するのも忘れてましたよ」
冗談交じりで返答すると、アルノー先生は小さく笑う。
「でも……本当に勝ててよかったです」
「ええ、喜ばしいことです。……ですが、喜んでばかりもいられませんよ」
そう言って先生の笑みはふっと消える。
(……あ)
その言葉で僕の中にも現実が押し寄せてきた。
そうだ。これは勝ち抜き戦だ。
勝ったからといってそれで終わりではない。むしろ、ここからが本当の地獄かもしれない。体力を消耗した状態で次の強敵と戦わなければならないのだから。
アルノー先生の視線の先を見ると、ドミニオス側の中堅——エリックさんがゆっくりと歩みを進めてきていた。
「それでは第2回戦!ドミニオス中堅エリックとシャイターン先鋒イリスの試合を始めたいと思います!」
司会者の声が響くと、再び会場は歓声に包まれる。
けれど、僕はその声を遠く感じていた。
(イリスさん……大丈夫かな)
さっきまであんな激戦をしていたのにもう次の相手が目の前に立っている。その現実に胸が苦しくなる。
すると、その僕の表情に気づいたのかアルノー先生がまた穏やかに言った。
「……誰も悪くありませんよ。これが勝ち抜き戦というものですから」
「……分かってます。でも……やっぱり残酷ですよ」
「相変わらず君は優しいですね」
アルノー先生の言葉を聞きつつ、僕はもう一度イリスさんを見る。
すると、彼女がまたこちらを見てピースサインを掲げた。先ほどと同じ、でもどこか吹っ切れたような顔だ。
「……あんな顔されたら信じるしかないですよね」
「ええ、本当にその通りです」
アルノー先生も今度はしっかりと頷いた。
「それでは両者、準備はよろしいでしょうか?」
司会者の問いかけにイリスさんとエリックさんは無言で頷く。
(イリスさん……頑張れ)
そう心の中で祈った直後——
「では、始め!!」
試合開始の合図が闘技場に高らかに響いた。
こうして、イリスさんの連戦——イリスさん対エリックさんの戦いが幕を開けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
最初に動いたのはやはりイリスさんだった。
自分が不利な状況にあるのにそれを少しも感じさせない姿勢。
まるで今が初戦であるかのような鋭さで迷いなく動き出す。
(……イリスさんらしいな)
彼女は瞬時に魔力を練り上げ魔力弾をいくつか生成すると、一斉にエリックさんめがけて放つ。
が——
エリックさんはまるで何事も起きていないかのようにその場から一歩も動かなかった。
(……え?)
僕が目を疑った次の瞬間、驚くべきことが起きた。
魔力弾はエリックさんの身体に当たったと思いきや貫通した——いや、“すり抜けた”のだ。
何事もなかったかのように彼の身体を通り抜けた魔力弾はそのまま闘技場の後方の壁に直撃し、見事な穴を穿つ。
「……何が?」
僕が困惑して声を漏らすと隣のアルノー先生が微笑みを浮かべながら教えてくれた。
「あれが透過ですね。自分の体を透過させることであらゆる攻撃を回避することが出来る強化型の象徴です」
「透過……」
その言葉を聞いて僕はリアムさんから以前聞いた話を思い出した。確かあのときも「攻撃を当てるのが難しい」って言ってたような気がする。
「強そうな象徴ですね」
思わずそう呟いていた。
けれど、ふとした疑問が浮かび僕は先生の方を振り返る。
「……あの、アルノー先生って昔から先生やってますよね?」
「ええ。ずいぶん長くやっていますよ」
「てことはドミニオス側のメンバーの象徴も割と詳しく知ってるんじゃないですか?」
僕の言葉に先生は一瞬だけ驚いたような顔を見せてから苦笑した。
「……君は鋭いですね。おっしゃる通り、私は彼らの象徴というか戦い方、さらにはその“弱点”まで把握していますよ」
「ほんとですか!?」
思わず身を乗り出してしまった。
でも、すぐに頭の中にさらなる疑問が浮かぶ。
「それならどうしてそれを僕たちに教えてくれないんですか?」
僕は少し強い口調になってしまう。
先生は少し困ったように笑って肩をすくめた。
「……教えてあげたいのは山々なんですけどね。実は出場選手に対して対戦相手の不利になるような情報を事前に伝えることは国際法によって禁止されているんです」
「……国際法……ですか?」
「はい。国際交流祭は“国家間の友好”を目的とした行事ですからね。どちらかが悪意のある不正を行えばそれだけで外交問題にまで発展しかねないんです」
僕だけじゃない。隣でこの話を聞いていたアリアさんやヴォルドさんも驚いたような顔をしていた。
「じゃあ、仮にこっそり教えても……」
「それは出来ません。出場選手には試合直前に“看破のアーティファクト”によるチェックが入ります。外部から何か指示を受けていないか虚偽の申告をしていないか」
「看破のアーティファクト?」
「簡単に言うと嘘を見抜くアーティファクトです」
「……なるほど」
(それなら確かにズルはできないか)
納得せざるを得なかった。
僕のふとした疑問がまさかこんなところまで繋がっているとは思っていなかった。
少し話が逸れてしまったけれど、スッキリした気持ちで試合に意識を戻す。
視線を闘技場へ向けると——
イリスさんとエリックさんが既に鍔迫り合いを繰り広げていた。
剣と剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。
イリスさんの動きにほんの少し疲れが見える。さっきのミスティさんとの試合が効いているのだろう。
それでも、彼女の瞳には揺るぎない闘志が宿っていた。
(……頑張れ)
僕は思わずそう心の中で呟いていた。
それからしばらく剣と剣が交差する音が鳴り響く。
刃のきらめきと風を切る音。イリスさんとエリックさんの剣撃は激しさの中にも技術の研ぎ澄まされた美しさを感じさせた。
その最中でもイリスさんは一切手を緩めない。矢印魔弾、加速矢印による高速接近、誘導矢印による視線操作。
持てる技のすべてを駆使してエリックさんに襲いかかる。
まるで魔力切れなんて気にも留めていないかのような勢いだった。
そんな中、僕はある違和感に気がついた。
「……エリックさんって最初以外で象徴を使ってませんよね?」
呟くように言うと、隣にいたアルノー先生が軽く目を細めて頷いた。
「よく気づきましたね」
「一体どうして……?」
僕の疑問に先生は少し微笑みながら言葉を返す。
「それは……彼の“性格”ですね」
「性格……?」
思わず聞き返すと、先生はイリスさんとエリックさんのぶつかり合う姿を静かに見つめながら言葉を続けた。
「たとえ勝ち抜き戦だとしても、相手が疲れているなら自分も全力では戦わない。少なくとも彼はそういう信条を持っているんです」
イリスさんが先鋒としてすでに一戦を戦い、消耗しているのは明らかだった。
普通の人であれば次の相手に備えて少しでも早く決着をつけようとするだろう。
けれど、エリックさんは違った。
彼は最初に“透過”を一度だけ使ったきり、それ以降は一切象徴に頼っていない。
まるで、相手の疲労すらも含めて“対等な戦い”にしようとしているようだった。
(……不器用な人だな)
そんなことを考えながら、僕は改めてエリックさんの背中を見る。
勝ち抜き戦の性質を考えれば非効率かもしれない。
イリスさんからしてみても手を抜かれていると感じるだろう。
だけど——
不器用で、だけど真っ直ぐで、揺るがない信念を持っている人。
エリックさんという人物の”性格”を僕は少しだけ理解できた気がしたのだった。
少しずつですが、多くの方々にお読みいただけるようになり大変嬉しい限りです。今更かよという話ではありますが、初めての作品であり拙いところもありますゆえご容赦願いたいです。リアクションやポイントは大変励みになりますのでお暇がある際にでもしていただければ幸いです。