第15話 学園対抗戦開幕 ②
アゼル先輩が姿を現した瞬間、会場の空気は一変した。
ざわめきはやがて怒号へと変わり、会場全体をブーイングの嵐が包み込む。しかもそれはドミニオス側だけでなく、シャイターン側の観客からも浴びせられていた。
「一体何してたんだ!」
「こんな大事な日に遅刻するなんて!」
怒声が飛び交い、観客たちは苛立ちを隠そうともしない。
しかし当の本人——アゼル先輩はまるで周囲の反応が耳に入っていないかのように悠然とした足取りで歩き続ける。
すると、そのざわめきに拍車をかけるようにドミニオス側の出場メンバーの列からも罵声が飛んだ。
「こんな時間に現れて出場が許されるわけないだろう!ましてやこの俺より目立つなんて絶対に許されない!」
怒鳴ったのはフレデリック——昨日、僕たちともトラブルになりかけた男だった。
彼の言っていることは確かに正論だ。しかし、その目に宿るのは正義感ではなく明らかな嫉妬。要は「自分より目立ったアゼル先輩が気に入らない」それが本音なのだろう。
アゼル先輩はそんなフレデリックを横目で一瞥すると、興味を失ったように顔を背けてそのまま列に向かって歩き出す。
その態度が逆にフレデリックの癇に障ったのか、怒りに任せて彼がアゼル先輩に殴りかかろうとした。
その瞬間——
アゼル先輩はあっさりと身をかわし、逆にフレデリックの足元を軽くひっかけた。
「……っ!?」
バランスを崩したフレデリックは見事に盛大な転倒を披露した。
……会場が静まり返る。
あまりに見事な転びっぷりに笑いも出ない。ただ、観客も出場者も呆然とする中、フレデリックの顔はみるみる赤く染まり、怒りで震えながらアゼル先輩を睨みつけた。
すぐに立ち上がると、彼はアゼル先輩に向かって手を突き出し何かを呟き始める。
——だが、それを止めたのは彼の仲間たちだった。
数名の出場メンバーが素早くフレデリックを押さえ込んだ。その中にはロベールさんの姿もあった。
「フレデリック、それはアカンで」
静かだが、力強く、確かな口調で諭すロベールさん。その目は一切の甘さを許さない。
それでもフレデリックはなおも抵抗を続けようとするが——
「フレデリック」
低く、鋭い声が割って入った。
場に緊張が走る。その声の主は唯一止めに入っていなかった人物。静かに歩み寄ってきたその女性はフレデリックの前に立ちはだかると淡々と告げた。
「そこまでにしな」
彼女の姿を目にした瞬間、フレデリックの肩が小さく震える。そして、明らかに不本意そうに舌打ちし、押さえていたメンバーを乱暴に振りほどいた。
「……チッ」
フレデリックがようやく列へ戻ると、その人は静かにアゼル先輩へと視線を移す。
「まさか、学園対抗戦にも遅れてくるとはな。面倒くさがりはどうやらあたし以上のようだ」
ふっと口元をほころばせると、そのまま踵を返し自分の持ち場へと戻っていった。
(今の話…ってことはあの人がエレノアさん……)
僕は思わず息を飲む。舞台上でのやり取りを間近で見て、アゼル先輩と対峙するに相応しい相手だと直感的に思った。
そして、ようやく列に加わったアゼル先輩は——
「んぐっ!」
ノエル先輩に腹を思いきり殴られていた。
会場中が再び騒然となる。
アゼル先輩は腹を押さえて蹲り、声も出せずに悶えていた。まさか殴られるとは思っていなかったのだろう。
だが、ノエル先輩はまるで何事もなかったかのように冷静だった。
観客席の方へと向き直ると、軽く一礼しながらこう言い放った。
「遅れてしまって申し訳ありません。彼、少しお腹を壊していたようで」
(蹲ってるのはお腹壊してるんじゃなくてノエル先輩が殴ったからだよね!?)
おそらく会場にいる人の全員が僕と同じ考えであろう。
だが、ノエル先輩の堂々たる振る舞いに誰ひとりとして文句を言えず、会場は不思議な沈黙のまま次の進行を待つこととなった。
しばらくすると、場内に司会者の声が響いた。
「皆さま、先ほどの遅刻に関する件ですが審議の結果をご報告いたします」
どうやら裏でアゼル先輩についての審議をしていたようだ。
僕たち1年生メンバーも思わず身を乗り出す。観客席のあちこちからも小さなどよめきが起きていた。
「開式の正式な合図がまだ出ていなかったこと、また遅刻による他の競技進行への影響がないと判断されたため——アゼル選手の出場を認めるとの決定が下されました!」
(よかった……!)
心の底からそう思った。正直、このまま失格なんてことになったらどうしようかと胃が痛くなりそうだった。
僕の隣ではアルノー先生が小さく息を吐いているのが見えた。普段は冷静な先生でもさすがに内心は穏やかではなかったのだろう。僕と目が合うと、苦笑いを浮かべながら軽く頷いた。
その後、場内の雰囲気はようやく落ち着きを取り戻し、司会者も淡々と本来の進行に戻っていく。
「それではここで両国の出場選手をご紹介いたします!」
場内に力強い声が響き渡り、それぞれの名前が一人ひとり読み上げられていく。
そして、いよいよ締めくくりの時間が訪れた。
「それでは国家交流祭の開幕にあたり、開催国ドミニオスの王ルキウス・フェルミナス陛下よりご挨拶を頂戴いたします!」
司会がそう高らかに告げると、会場の天井近く——王族用の特別席に座る2人の王のうち、右側にいた人物がゆっくりと立ち上がった。
威厳に満ちた姿、背筋をまっすぐ伸ばしたその立ち姿に自然と空気がぴんと張り詰めていくのを感じた。
初めて見る“本物の王”の姿に僕の胸は静かに高鳴っていた。
すると、王の口元がゆっくりと開いた。
「私がドミニオスの国王であるルキウス・フェルミナスだ」
低く落ち着いた声音が会場全体に反響する。静まり返った観客席には一言一句を聞き逃すまいとする緊張感が満ちていた。
「まず初めに——開幕早々、少々の混乱が生じたこと開催国の王としてお詫び申し上げる」
一瞬ざわつきそうになった空気を王の手のひらがひとつ制するように持ち上がる。
「だが、それもまた若者らしさというもの。小さな混乱など気にせずどうか存分に力を尽くしてほしい。今日この場に立っているのは我がドミニオス、そしてシャイターンを代表する優秀な若き才能たちだ」
その言葉にどこか誇らしげな空気が会場全体に広がる。
「勝者に称賛を。だが、敗者にこそ最大の敬意を。我々はその勇気と覚悟に心から拍手を送るべきである。なぜなら彼らは国を背負いこの場に立ったのだから」
その瞬間だった。
——パチッ。
——パチ、パチ、パチパチパチパチパチッ!
誰ともなく始まった拍手が波のように観客席全体に広がっていった。やがてそれは轟くような拍手となり、会場を包み込む。
拍手の音を受け止めるようにルキウス国王は静かに頷き、席へと戻っていった。
(……かっこいい)
僕はそんな感想しか出てこなかった。言葉ひとつで何千人もの心をひとつにするなんてまさに王の風格だ。
それと同時に隣のシャイターンの国王——エドガー陛下が微笑ましそうにうなずいたのも僕の目に映った。
そして——
「それではこれより、正式に学園対抗戦を——開幕いたします!」
司会者の声が高らかに響いた瞬間、会場中から大きな歓声と再びの拍手が巻き起こった。
こうして、開幕早々トラブルに見舞われながらも無事に学園対抗戦はその幕を開けたのだった。
少しずつですが、多くの方々にお読みいただけるようになり大変嬉しい限りです。今更かよという話ではありますが、初めての作品であり拙いところもありますゆえご容赦願いたいです。リアクションやポイントは大変励みになりますのでお暇がある際にでもしていただければ幸いです。




