第13話 王家と王家
マグナス、ヘルマン、シルビアが観戦席で静かに語らいを重ねていたちょうどその頃。
ドミニオスの王都フェルミナスの中心に建つ壮麗な王宮では国家交流祭の開催を祝して、二つの王家による晩餐会が開かれていた。
一つは開催国であるドミニオスの王家・フェルミナス家。
もう一つは遠路からの来賓であるシャイターンの王家・ゼーレクス家である。
豪奢なシャンデリアの光が黄金に染まる広間。その正面に並ぶ二つの玉座ではドミニオス国王ルキウスとシャイターン国王エドガーが向かい合っていた。
「息災か?」
先に口を開いたのはルキウス。落ち着いた口調だが、その目元には茶目っ気が光っていた。
「何とかな。だが、昨年の対抗戦の後始末に追われていた一年だったぞ」
エドガーはそう言って皮肉っぽく笑い、杯を傾ける。だが、その声に棘はなくルキウスも軽く笑う。
「謝罪はせぬぞ」
「もちろん、求めてもいない」
どこか他人が聞けば驚くような軽口だが、二人の間には長年の信頼と敬意があった。だからこそ、国王同士とは思えぬほど砕けた会話が交わせるのだろう。
2人は肩の力を抜いたまま、やがて国の話題すら忘れたかのように昔話や近況で談笑を交わす。
その一方、広間の隅の一角でも別の盛り上がりがあった。
そこに集まっていたのは、アーサー、イリス、ミスティ、ヴァレリアの四人。
アーサーはゼーレクス家の王子としてエドガーの補佐役として随行しており、イリスは王族として一時的に1年生のメンバーと離れてここに顔を出していた。
そして、ミスティとヴァレリア——この王宮の令嬢でありフェルミナス家の名を継ぐ姉妹。
互いに顔見知りである彼らは自然と一つの輪を作っていた。
「今回こそは私と戦ってもらうぞ!」
ヴァレリアは大きく胸を張り、燃えるような目でアーサーを見据えた。
「ははっ。久しぶりだねヴァレリア。君は相変わらずだね」
アーサーは困ったように笑いながらも、その熱意を嬉しく受け止めている様子だった。
「姉上はこの一年、ずっとアーサーとの一騎打ちを目標にしておったのじゃ」
隣でミスティがそう明かすと、アーサーは目を丸くした。
「ミスティも久しぶりだね。それで……僕との戦いをそれほどまでに考えてくれていたなんて少し照れるな」
「では、今この場で戦おう!」
一歩踏み出して勢いよく言い放つヴァレリア。その横でイリスが慌てて手を挙げた。
「ちょ、ちょっと待って!ダメよヴァレリア!私だってまだ戦ってもらえてないんだから!」
彼女もまた、アーサーと戦える機会をずっと願っていた一人だった。
ヴァレリアとイリスの共通点——それはどちらも生まれながらに好戦的。そして何よりアーサーという“絶対的な存在”と一戦交えたいという願望を持つ者たちだった。
昨年の学園対抗戦ではヴァレリアは「何もするな」と命じられ、出番は一切なかった。
ロベールの活躍により勝利こそしたが、彼女にとっては“ただ居ただけ”であり、消化不良感の残る結果になってしまったのだ。
そしてヴァレリアはその消化不良を解消すべく、次アーサーに会うときには勝負を挑むと決めていたのだ。
アーサーはしばらく考え込む。
そして——
「……分かった。君と戦うよ」
その一言にヴァレリアの目がぱっと輝いた。
「ほんとか!」
期待と高揚を隠さないヴァレリアにアーサーは落ち着いた笑みを浮かべながら続ける。
「ただし——今回の学園対抗戦でシャイターンに勝ったらという条件つきでね」
「ほう、いいだろう!言質は取ったぞ!」
得意げに笑みを浮かべるヴァレリアにイリスが呆れたような視線を向ける。
「余裕そうね?」
イリスの問いにヴァレリアは躊躇なく頷いた。
「昨年のことがあるからな。たった一年で劇的に変わるとは思えん。力というものは一朝一夕で覆せるものではないからな」
その口調に傲慢さはなく、あくまで実感に基づく現実的な分析。まるで既に勝利の構図が見えているかのようだった。
だが——
「今回のメンバーを昨年と同じように考えない方がいいと思うよ」
アーサーは穏やかな口調で、しかし確かな自信を込めて言い返した。
「……イリスも出るしね」
「ほう!イリスも出るのか!」
ヴァレリアの興味が一層強くなる。瞳には火が灯り、次なる強敵を歓迎する戦士のように嬉しそうな笑みを浮かべる。
アーサーの言う通り、シャイターン側の残り1枠はイリスに決まった。
イリスが選ばれた経緯はシンプルだ。
担任であるヘルマンから学園対抗戦のメンバーに最後の1枠がある事を伝えられた1年生は誰が出場するかという会議になった。
その際、ミコトがイリスを推薦して誰も異を唱える人物がいなかったのだ。
「ヴァレリアと戦うことになるかは分からないけど……今年のメンバーはひと味違うわよ。絶対に負けないわ!」
イリスの力強い宣言にヴァレリアは満足そうに頷いた。
「では、楽しみにしてもいいんだな!」
屈託のない笑みを浮かべるヴァレリアを見てアーサーたちは思わず顔を見合わせて笑う。
「姉上は……ほんとに相変わらずじゃな。じゃが、そこまで言われてしまっては妾とて少しは楽しみにしてしまうぞ」
ヴァレリアに隠れているがミスティも十分に好戦的な性格をしていた。
「それに…今回はアゼルもいるからね」
その名を聞いた途端、イリスの反応が変わる。
「お兄様!あいつの話はもういいわよ!」
学園では二度も戦い、そのどちらも敗北してしまったことで——イリスはほんの少しだけ拗ねていた。
それなのにも関わらず、久々にアーサーと再会した時に開口一番にアゼルの話をされたのだ。
その結果、イリスは当分アゼルの話を聞きたくないと思っていたのだ。
頬を膨らませていると、すぐ隣でミスティが無邪気な声を上げた。
「誰じゃ?そのアゼルというのは?」
悪意はない。ただ、その口調はどこか揶揄うような口ぶりだった。
「もうっ!ミスティっ!」
ミスティはくすくすと笑い、すぐそばのヴァレリアも大きく肩を揺らして笑い出す。
「まったく……!」
拗ねたようにイリスが言いながらもどこか楽しそうで、その場の空気はますます和やかになっていく。
そんな賑やかな様子を少し離れた席からルキウスとエドガーが静かに眺めていた。
「平和なものだな」
「そうだな……このひと時がいつまでも続いてくれるといいのだが」
こうして、王宮の一室には夜の帳を柔らかく溶かすような笑い声が静かに響いていたのだった。
少しずつですが、多くの方々にお読みいただけるようになり大変嬉しい限りです。今更かよという話ではありますが、初めての作品であり拙いところもありますゆえご容赦願いたいです。リアクションやポイントは大変励みになりますのでお暇がある際にでもしていただければ幸いです。