第6話 訪問者 ①
僕とリアムさんが眠っている間に馬車はとある街へと到着し、休憩を取っていた。
まどろみの中で車輪の揺れが止まったことに気づいた僕は眠い目をこすりながら、隣で眠っているリアムさんを軽く揺する。
「リアムさん起きて。休憩だって」
リアムさんは目をしばたかせながら体を起こし、欠伸を一つした。
「けっこう寝た気がするね……」
僕が「外に出てみようよ」と言うと、リアムさんはまだ眠たそうに目を細めながらも頷いた。
街は都会というほど賑やかではないけれど、どこか整っていて落ち着いた雰囲気があった。石畳の道、木造の店の軒先には色とりどりの布が揺れ、通りを歩く人々の顔も穏やかだった。僕の地元より少し栄えている印象だ。
ただ、特に目的があるわけでもなく、馬車が出発するまでの時間も限られていたので、僕たちは街をぐるりと軽く一周して再び馬車へと戻ることにした。
すると、僕たちの馬車の中に見知った人物が座っていた。
——セレナ先生だ。
彼女は悪魔学の授業を受け持つ教師で元冒険者という経歴を持つミステリアスな女性だ。
僕たちに気づいたセレナ先生が優雅に手を振ってくる。
「えっと……セレナ先生、何してるんですか?」
リアムさんが思わず問いかけると、セレナ先生は微笑みながら答えた。
「次の街まで一緒にどうですか?」
その提案に僕たちは顔を見合わせて小声で相談した。
「どうする?」
「うーん……断る理由もないしいいんじゃない?」
僕の言葉にリアムさんが頷き、彼が代表して言った。
「じゃあ、一緒に行きますか」
「ふふ、ありがとう。楽しい時間になりそうね」
馬車に乗り込むと、やがて再び旅路が始まり、車輪の音が軽やかに響き始めた。
しばらくすると、セレナ先生が穏やかに話しかけてくる。
「学校には慣れましたか?」
「はい! 毎日が楽しいです!」
僕が元気よく答えると、リアムさんもそれに続けた。
「先生方のおかげで安心して学べていますよ」
「そう言ってもらえると少し照れますね」
恥ずかしそうに笑うセレナ先生。その表情は普段の授業では見られない、どこか柔らかい雰囲気を帯びていた。
「ただ……悪魔学の授業はどうしても難しい話が多くなってしまうので、皆さんの負担になっていないかが少し心配ですね」
「そんなことないです!むしろ分かりやすくて面白いですよ!」
僕の言葉にリアムさんも頷くと、セレナ先生はホッとしたように微笑んだ。
そこから、会話は学校のことや休日の過ごし方にまで広がり、僕たちは自然と打ち解けていった。
そして——僕はずっと気になっていたことを思い切って口にした。
「先生って元冒険者なんですよね? 冒険者ってどんなことするんですか? 」
冒険者の存在はリアムさんから聞いていたので知っていたが、僕の知識はそれだけであり僕は色々と気になっていたのだ。
セレナ先生は一瞬驚いたように目を瞬かせた後、楽しそうに微笑んだ。
「そうですね…この機会ですから少しお話しましょうか」
「まず……地下迷宮って何なんですか?」
僕の素朴な疑問にセレナ先生はすぐに答えてくれた。
「地下迷宮は簡単に言えば巨大なアーティファクトですね」
「アーティファクト……?」
「ええ。中に入って戦っても致命傷を負えば強制的に外へ転送されます。つまり迷宮内では“死ぬことがない”」
「それって不死のアーティファクトみたいですね….あ!」
「気づいたようですね。だから地下迷宮はいわば“巨大な不死のアーティファクト”なんですよ。ただ、その中には強力な魔物や貴重な宝が眠っています。そのため、冒険者は一攫千金を求めて地下迷宮に潜っているわけです」
僕は目を輝かせて聞き入っていた。一方でリアムさんはどこか落ち着いた様子。おそらく、ある程度は知っていたのだろう。
「冒険者って誰でもなれるんですか?」
「基本的に誰でもなれますよ。ただ、冒険者にもランクがあってDから始まり、C、B、A、そして最上位のSランクがあります」
「それって学校の制度に似てますね!」
「ふふっ。確かにそうかもしれませんね」
僕の反応にセレナ先生もリアムさんも笑みを浮かべた。
「先生はどのランクだったんですか?」
リアムさんの質問にセレナ先生は少し恥ずかしそうに肩をすくめた。
「私はAランクですね」
「凄いじゃないですか!上から2番目のランクなんて!」
「ありがとうございます。でも...Sランクには頑張っても行けませんでしたけどね」
「Sランクの人は何人いるんですか?」
「現在はたったの2人だけです。でも、私が現役だった頃は4人いました。そのうちの2人は“地下迷宮の管理人”になるために引退してしまいましたけどね」
「管理人……?」
「はい。地下迷宮はシャイターンとドミニオスが共同で管理している重要な場所なんてす。だから、両国からそれぞれ1人ずつ管理人を選出してその2人で地下迷宮を運営するのです」
「なるほど。それで、その元Sランクの人たちが今の管理人に選ばれたってことですね」
「ええ。ドミニオス側はアレンさんという人で、シャイターン側はラウルさんという人です」
「ラウルさんって…もしかしてラウル・ホルストですか?」
「あら、よく知っていますね?」
「リアムさんの知り合い?」
「ラウルさんはさっき話してたアーサー王子と同じ“黄金世代”の1人だった人だよ」
「えぇぇっ!?」
思わず声が裏返る。
「その通りです。ラウルさんは学園を卒業してすぐ冒険者になってSランクまで上り詰めた凄い人ですよ」
……アーサー王子、ロザリア先生、そしてラウル・ホルストさん。
そんな強い人たちが同じ時代にいた黄金世代の凄まじさを改めて思い知らされた気がした。
そして、同時にふつふつと湧き上がる気持ちがあった。
——僕も地下迷宮に行ってみたい。自分がどこまで通用するのか確かめてみたい。
「でも……やっぱり冒険者って楽しそうですね!」
僕がそう言うと、セレナ先生はくすりと笑った。
「1度は足を運んでみてはどうですか?」
すると、リアムさんがさらりと言った。
「カインは“オリハルコン”を探しに行ってみれば?」
「……えっ」
僕は予想外の言葉に言葉を失った。
「オリハルコンって……この前教えてくれたやつだよね?でも、なんでいきなりオリハルコンを?」
僕が目を丸くしながらそう聞くと、リアムさんはまるで子どもに面白い秘密を教えるような声で続けた。
「さっきセレナ先生が言ってたよね?地下迷宮にはお宝が眠ってるって。その中にはアーティファクトも混ざってるんだ!だから、冒険者たちはアーティファクトを見つけたら売るか、自分で使うかを選べるんだよ」
僕は思わずセレナ先生の方を見た。
すると彼女は「そうなんです」と言わんばかりに、にこにこと頷いていた。
「実は私も一つだけアーティファクトを見つけて愛用しているんですよ」
「えっ!?先生も!?」
思わず身を乗り出す僕にセレナ先生は少し得意げに笑いながら答えてくれた。
「水が無限に出てくるアーティファクトです。戦いには向きませんけど旅先ではとても重宝するんです。どこに行っても水を持ち運ばなくて済みますからね」
「すごい……」
目の前に広がる馬車の景色が少しだけ色を変えて見えた。
どこか夢の中の話のように思っていたアーティファクトが本当に手に入る可能性がある。
(……ということはオリハルコンも)
リアムさんのさっきの言葉が胸の奥でじわじわと熱を帯びていく。
手に入る可能性がゼロじゃない。だったら——
「……よし、決めたよ!」
自分の声ながらなんだか強くて、まっすぐで。僕は拳を握りしめながら宣言した。
「僕はいつか絶対に地下迷宮に行く!自分の手でアーティファクトを手に入れてみせる!」
すると、隣のリアムさんがふっと笑って、まるで当然のように言った。
「その時はもちろん僕も一緒に行くよ。カイン一人じゃ危なっかしいからね」
セレナ先生もまるで保護者のような微笑みを浮かべて言葉を添える。
「ふふ……では、私も同行しましょう」
その優しい声に胸の奥がじんわりと温かくなる。
気がつけば僕の顔にも自然と笑みが浮かんでいた。
——こうして僕はいつか本当に“地下迷宮”へと足を踏み入れる未来をはっきりと心に描いたのだった。
少しずつですが、多くの方々にお読みいただけるようになり大変嬉しい限りです。今更かよという話ではありますが、初めての作品であり拙いところもありますゆえご容赦願いたいです。リアクションやポイントは大変励みになりますのでお暇がある際にでもしていただければ幸いです。