第5話 親友との旅路
馬車での旅が始まってどれくらい時間が経っただろうか。
車輪が地面を擦るゴトゴトという音と蹄が奏でる一定のリズムが心地よく耳をくすぐる。
窓の外には一面の麦畑が広がり、黄金色の波が風に揺れていた。遠くには青く霞む山々。
道端を歩く旅人たちが軽く帽子を上げて挨拶してくれるのもこの国の温かさを感じさせる。
そんな穏やかな風景を眺めながら僕はリアムさんと並んで座っていた。
こうして2人きりでゆっくり話す機会は今まで意外と無かった。だからこそ、ここぞとばかりに色んな話をしていた。
今の話題は去年の学園対抗戦のことだった。
「……それで、去年の学園対抗戦はまさに“歴史的な大敗”って言われてるんだ」
リアムさんの言葉に僕は言葉を失った。
(そんなことがあったなんて……)
特に驚いたのはノエルさんが出場できなかった理由。彼女のご両親が急逝し、その影響で代表から外れたと聞いて胸がギュッと締め付けられる。
あれだけの実力者が出場できなかったなんて——。
あの人が最近、ずっと張り詰めたような顔をしていた理由がようやく分かった気がした。
「ねぇ、リアムさん……」
僕はふと、ぽつりと呟いた。
「今年は……勝てるかな?」
それは、自然に漏れ出た不安の声だった。
リアムさんは少し黙って考えるような仕草をした後、いつもの穏やかな笑顔で答えてくれた。
「正直に言えば……勝率は五分五分ってところだろうね」
「そんなに接戦なんだ……」
「うん。今年のドミニオスのメンバーは去年と同じ面々がそのまま出てくると見て間違いない。実力も連携も完成されていると思う」
そう言ってリアムさんは指を折りながら説明を始めた。
「まずは王家であるフェルミナス家の姉妹のミスティとヴァレリア。どちらも“波動”という象徴を使う。柔軟性とバランスに優れた能力だよ」
「……やっぱり王族の人はみんな強いんだね」
「うん。そして、分身を操るロベールに透過を持つエリック。彼は実際にレイヴン先輩を倒してるしね」
「えっ……!?」
驚きに目を見開くと、リアムさんは少し苦笑いして肩をすくめた。
「そして最後が最大の脅威。エレノア・グレイシアだ。彼女の象徴は怪力。あのドミニオスで“最高の逸材”って呼ばれてるんだ。その力は尋常じゃなくて、学生レベルで止められる相手じゃないって言われてる」
話を聞いているだけで胃がきゅっと締めつけられる。
でもその一方で心の奥に小さな炎のような闘志も灯っていた。
「それだけの面子が揃ってるからドミニオスでも“黄金世代”なんて言われてるんだよ」
「……でも、それなら僕たちの魔紋五傑も黄金世代じゃないの?」
素直な疑問を投げかけると、リアムさんは少し考えてから静かに首を横に振った。
「確かに今の魔紋五傑も歴代トップクラスさ。でも、シャイターンにはもっとすごい時代があったんだ。……10年前、アーサー王子がいた世代さ」
アーサー王子…イリスさんのお兄さんでありシャイターン始まって以来の天才と呼ばれている人物だ。あのアゼル先輩ですら今まで1度も勝てたことがないらしい。
「それは、アーサー王子がいたから黄金世代って言われてるってこと?」
「いや、そういう訳じゃないんだよ。確かにアーサー王子が最強だったのは間違いないんだけど、凄いのは彼だけじゃなかった。当時、アーサー王子に肩を並べる人が4人もいたんだ」
「4人も?」
「うん。ちなみにロザリア先生もその一人だよ」
「……あの人が!?」
ロザリア先生と言えば入学試験の筆記試験て僕に強烈なイメージを残した人物であり、僕の中でアルノー先生に並ぶ無茶苦茶な人という印象である。
「今、顔に出てたよ?」
「……そ、そんなことないよ」
リアムさんが僕の反応を見て笑いながら肩を揺らした。
しかし、ふと彼の表情が少し曇る。僕が「どうしたの?」と聞くと意を決したように話し始めた。
「僕が入学式の時に言った『自分より強い人を見て落ちぶれてしまった人』の話は覚えてるかい?」
「うん、覚えてるよ」
あの時のリアムさんの真剣な顔を思い出す。僕が頷くと、リアムさんは窓の外を見ながら語り始めた。
「あれは...僕の兄さんの話なんだ。兄さんはアーサー王子と同級生で魔紋五傑を目指して毎日必死に努力していた。でも——黄金世代の壁はあまりにも高くて、ある日、ふと折れちゃったんだ。それっきり家を出て、今はどこにいるかも分からない」
僕は言葉を失った。
(……リアムさんにそんな過去があったなんて)
リアムさんが入学式の時に真剣な顔をしていた理由がようやく分かった。僕やアリアさんをお兄さんと重ねていたのだ。
でも、それでもリアムさんは僕たちの前ではあんなふうに笑って、優しくて、冷静で。
「ありがとうリアムさん。でも僕は大丈夫だよ!」
少しでも安心させたくてそう口にした。
リアムさんは一瞬驚いた顔をした後、ふっと表情を和らげた。
「うん。そうだね。君なら……きっと大丈夫だ」
その声がやけに優しくて胸が温かくなった。
それから僕たちはしばらく何も話さなかった。
気づけばリアムさんは心地よい揺れに誘われるように寝息を立て始めていた。
(……寝るの早っ)
苦笑しながらもその寝顔に少しだけ安心する。
そして僕も揺れる景色をぼんやり眺めながらいつの間にかまぶたを閉じていた。
少しずつですが、多くの方々にお読みいただけるようになり大変嬉しい限りです。今更かよという話ではありますが、初めての作品であり拙いところもありますゆえご容赦願いたいです。リアクションやポイントは大変励みになりますのでお暇がある際にでもしていただければ幸いです。