第3話 魔紋五傑の集い ②
魔紋五傑の布陣が正式に決定したことで、次に彼らが取り上げた議題は——ドミニオス側のメンバーについてだった。
昨年のドミニオス側のメンバーには4年生が1人しか居なかったので、今年も引き続き同じ顔ぶれが来ると予想されていた。
「私とアゼルはそもそもドミニオスの戦闘を見てすらいないから色々と教えて頂けると助かるわ」
ノエルがそう言うと、レイヴンが静かに頷く。
昨年、レイヴンは実際に彼らと戦い、フェリスとヴィクターは観戦者としてその戦いを目の当たりにしている。一方、アゼルとノエルは相手の名前すら知らない状態だった。
「では、去年のメンバーを一人ずつ説明していこう」
レイヴンの静かな言葉に全員の視線が集中する。
「まず一人目は2年生のミスティ・フェルミナス。ドミニオスの王家——フェルミナス家の第2王女で契約している天使はミカエル。象徴は波動だ。こちらの王家と同じくフェルミナス家も相伝契約をしている」
「ドミニオスの王族の娘が二人、学園にいるって話は聞いたことがあるわ。でも、実際に学園対抗戦に出ていたのね。それで波動とはどんな力?」
ノエルが顎に手を当てながら興味深そうに問いかける。
「特殊な魔力を生み出しそれを攻防に応用する。防御と攻撃のバランスが非常に良い。癖がない分、柔軟な対応ができる厄介な象徴だ」
ノエルの目が鋭くなる。すでに攻略手段を思案し始めているようだ。
「二人目は3年生のヴァレリア・フェルミナス。ミスティの姉で第1王女だ。彼女も同じく波動を使うがシンプルな実力は妹より上だと思っていい」
「レイヴン先輩はそのどちらかと戦いましたか?」
ノエルが情報を欲するように質問を投げる。
「いや、残念ながら俺は彼女たちとは戦っていない。正確には——このあと紹介する奴に負けたせいで戦えなかったというのが正しいがな」
「……そう」
ノエルはそれ以上聞くのをやめた。
レイヴンは続ける。
「三人目は3年生のロベール・フランドル。契約天使はカシエルで、分身という象徴を使う」
「分身……?そのままの意味ですか?」
「その通り。自分と同じ存在を複数体を一時的に作り出す能力だ。去年は《攻城戦》に出場していて、この能力でこちらを翻弄し、一人で勝利を収めた」
「となると……他のメンバーの能力をあえて見せなかった可能性が高いわね」
ノエルの意見にアゼルも口を挟む。
「次の年も王女たちが出ることを想定して出来るだけ能力を隠した……そんなところでしょ」
「そうかもしれない。実際、波動の詳細は全く掴めなかったからな」
「分身……もし上位悪魔の契約者が何人にもなって攻めてきたら、普通の生徒じゃ手に負えないわね」
ノエルが警戒心を強める。
「でも、今回のメンバーならどれだけ相手が増えようが問題ないんじゃないか?」
「そういう考えもありますけど……問題はどこまで分身できるか...」
ヴィクターの冷静な一言にノエルが現実的な視点で指摘する。
「去年は三人まで確認されている。ただ、それが限界なのかは不明だ。本人にしか分からんだろう」
レイヴンはそこで話題を切り上げ、次へと進めた。
「四人目は4年生のエリック。ドミニオスで唯一の騎士団——〈星界騎士団〉の団長の息子だ。契約天使はサンダルフォン。象徴は透過」
「透過?」
「そうだ。自分の体を好きなタイミングで透明にしたりすり抜けさせることができる。俺は昨年やつに完敗した」
レイヴンが少し自嘲気味に笑うと、フェリスがすかさず声をあげる。
「あれはしょうがないですよ!レイヴン先輩との相性、最悪だったじゃないですか!」
「……それでも、大将として俺が勝たなければならなかった」
レイヴンの真摯な言葉にフェリスはそれ以上言葉を続けられなかった。
「そんな顔をするな。今年また戦うことがあれば必ず勝つ」
その静かな決意にフェリスは安心したように笑みを浮かべた。
「そして最後の五人目は——4年生のエレノア・グレイシア。ドミニオス始まって以来の“逸材”と呼ばれている人物だ」
「今までの人たちも十分強そうでしたけど、彼女は何が違うんですか?」
ノエルが慎重に尋ねる。
「エレノアはメタトロンと契約していて、怪力という象徴を使う。正直、俺も詳しくは知らない。ただ、俺が勝てなかったエリックが彼女のことを“怪物”と呼んでいた。それが全てを物語っていると思う」
ヴィクターが補足するように付け加える。
「観客席でもエレノアがいるからドミニオスは負けないって声があちこちで上がってたからな」
「……これで俺が知っている情報は以上だ」
レイヴンが言い終えると、アゼルがふと指を立てる。
「あれ?出場者って6人のはずじゃ……今の話だと5人しか出てきてないっすよね?」
「もう一人は去年卒業した人物だ。だから今年の出場者は新顔になるだろう」
「あー」
アゼルは納得したように小さく頷いた。
会議室にはしんとした静寂が流れた。
彼らは自分たちの実力に自信を持っている——持っているはずだった。
だが、改めて相手の戦力を聞き、そして昨年の“惨敗”という事実を突きつけられたことで胸の奥にわずかな不安と緊張が芽を出していた。
その空気は普段なら絶対に見せないような彼らの硬さとなって表れていた。
しかし——
そんな中でもやはりこの男だけはいつも通りだった。空気を読まず、けれどもどこか的を射た軽い口調で——
「まあ、こっちが相手の実力を掴めてないように相手もこっちのことよく分かってないですよね。お互い様ってやつっすね」
アゼルは大きく背伸びをしながら椅子にもたれかかる。
真剣すぎる空気をあっさりと砕くような彼の一言に他のメンバーたちも思わず肩の力を抜いた。
——そう、アゼルは緊張なんて一切していなかった。
それが不思議とみんなの心を和らげていく。
「……考えても仕方ないし、ここらで一息つきましょ。休憩、休憩」
その言葉をきっかけに張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
「……ふふ。本当にあなたは」
ノエルが呆れたように微笑む。けれど、その目はどこか楽しげだった。
「ほんとだよ!こっちが不安でいっぱいだったのがバカらしくなってくるよ!」
フェリスが苦笑しながら湯気の立つカップにお茶を注ぐ。けれど手元がおぼつかなくて——
すかさずヴィクターがそのカップを支えた。
「……落ち着けフェリス。こぼしたらまた後片付けが面倒だろう」
「うぅ、ごめん〜」
フェリスは照れたように笑い、ヴィクターは小さくため息をついた。
「まったく……頼むから学園対抗戦ではヘマをするなよ」
「うぇ〜ん、努力はしてるんだよ〜」
そのやりとりにアゼルが喉を鳴らして笑う。
「相変わらずっすね、二人の夫婦漫才は」
「やめろ」
即座に否定するヴィクターにレイヴンまでもが突っ込む。
「いや、あれはもう立派な夫婦漫才だったぞ。……まあ、それを言うならアゼルとノエルも似たようなもんだが」
「「えっ?」」
ノエルとアゼルがぴったり揃った声で反応する。
「そうだよ!私もノエルちゃんともっと仲良くなりたいのにいっつもアゼルくんと一緒にいるんだもん!」
フェリスの追い打ちにノエルの顔がみるみる赤く染まっていく。
「い、いえ、べつに……いつも一緒ってわけじゃ……」
しどろもどろになりながらも、ノエルはちらちらとアゼルの方を伺う。
だが、当の本人はというと——
「ぐえっ!?」
どこ吹く風とばかりにぼんやりしていたアゼルにノエルの拳がクリーンヒットした。
「……殴る必要あった?」
「少し躾けが必要かと思って」
そんなやりとりに会議室は笑い声で包まれる。
つい先ほどまでの重苦しい空気はまるで嘘のように晴れやかだった。
——だが、それでも確かに分かる。
この“緩さ”の裏にはお互いへの確かな信頼とそれぞれの覚悟がある。
「……けど、こうしてみんなで話してるとなんだか行けそうな気がするよね!」
ぽつりと呟いたフェリスの言葉に全員が頷いた。
「去年のリベンジ。絶対に果たすぞ」
レイヴンの力強い宣言にノエルが静かに目を上げる。
「ええ。合理的に確実に勝ちにいくわ」
ヴィクターは静かに頷き、フェリスは勢いよく拳を握る。
そして、アゼルはと言えば——
「……まあ、やりますか」
いつもの気の抜けた口調。けれど、その声にはどこか芯のようなものが感じられた。
全員がまた笑う。
会議室の窓の外。茜色の空に彼らの笑い声がゆっくりと溶けていった。
来たる国家交流祭。
その舞台に立つのはこの国を背負う五人の精鋭たち——
リベンジという名の期待を胸に互いに背を預け合いながら。
“魔紋五傑”、いよいよ出陣の時が近づいていた。
少しずつですが、多くの方々にお読みいただけるようになり大変嬉しい限りです。今更かよという話ではありますが、初めての作品であり拙いところもありますゆえご容赦願いたいです。リアクションやポイントは大変励みになりますのでお暇がある際にでもしていただければ幸いです。