プロローグ
シャイターン王国の王都——ゼーレクス。
その中心にそびえ立つのは由緒あるゼーレクス王家が代々住まう壮麗な宮殿だ。堂々たる石造りの構造物は長きにわたってこの国の繁栄を見守ってきた。
その宮殿の一室、重厚な装飾が施された応接間には三人の男たちが静かに話し合いをしていた。
一人目はこの国を統べる現国王にして、イリスやアーサーの父でもあるエドガー・ゼーレクス。名君として知られ、国民や貴族から厚い信頼を寄せられている。
二人目は王都ゼーレクスに存在する最上級の教育機関——《ゼーレクス悪魔専門学校》の学園長マグナス・レーヴェン。入学式では破天荒な姿を見せ、新入生たちに強烈なインパクトを残した人物だが、今この場にいる彼はまるで別人のような鋭い眼差しと落ち着いた威厳をまとっていた。
三人目は同校の教師であり、カインの恩師でもあるアルノー・ルヴェール。五大貴族の一つ、ルヴェール家の出身で本来は外交を担う家系だ。今回は教師としてではなく、当主である弟の代理としてこの場に出席していた。
そんな三人が集い、話している内容——それは間もなく開催される《国家交流祭》についてであった。
この交流祭はシャイターン王国とこの大陸におけるもう一つの大国——天使国家ドミニオスとの友好を深めるため、毎年行われている一大行事だ。
三日間にわたるこの催しの中でも、最も注目を集めるのが二日目に行われる《学園対抗戦》。
それは両国の若き象徴でもある学生たちが名誉と誇りを賭けて模擬戦を繰り広げる、まさに国家の威信を懸けた戦いだ。
かつて、軍同士の模擬戦が検討されたこともあったが戦争を想起させるとして見送られ、代替として選ばれたのがこの「学生による戦い」であった。
「……今回は負けるわけにはいかないぞ」
静まり返った空間に、マグナスが重みのある声で切り出す。
「もちろん、それは理解していますよ。ですが、去年は……どうしようもなかったとしか言えません」
アルノーが静かに答えると、エドガーもゆっくりと頷いた。
学園対抗戦の結果は毎年変動し、どちらが勝つか予測がつかない。そのため、観客は大いに盛り上がり、敗者への賞賛も惜しまないのが常だった。しかし、昨年の国家交流祭での学園対抗戦はシャイターンの完敗に終わった。
学園対抗戦が始まって以来の一方的な展開となり、シャイターンの評判を落とし、結果的に外交にも影響を及ぼす事態となったのだ。
その敗北の発端となったのがノエルの両親の死であった。
当初、出場予定予定のメンバーには当時1年生でありながら魔紋五傑入りを果たしていたノエルとアゼルの二人がいた。
しかし、開戦直前にノエルの両親が急死。彼女は心に深い傷を負い、出場できる状態ではな無くなってしまった。
それでもノエルは感情を押し殺し、両親の死後の手続きを後回しにしてでも出場しようとしたがエドガーがそれを制止し、欠場が決定した。
さらに、エドガーはアゼルにもノエルのサポートを強化するよう命じ、彼もまた欠場を余儀なくされた。
当時の魔紋五傑は4年生が二人、3年生のレイヴン、そして1年生のノエルとアゼルで構成されていた。本来、ノエルとアゼルの枠は2年生のフェリスとヴィクターが担っていたが、二人は年齢が近いという理由でフェリスとヴィクターに挑戦し、その席を勝ち取ったのだ。
——しかしその選択は悪い方へと働き、ノエルとアゼルが不在になったことで出場メンバーは実力不足の4年生二人と当時3年生のレイヴンと残りの3枠という形になってしまった。
話は戻り、ノエルとアゼルの欠場により生じた枠は元魔紋五傑であったフェリスとヴィクターが埋める予定だった。しかし、当時の4年生三人が学園対抗戦への出場という名誉を求めフェリスとヴィクターに直談判し、土下座までしたのだ。
先輩たちの必死の懇願にフェリスとヴィクターは出場権を譲ってしまった。
こうして、実力不足の4年生五人と3年生のレイヴンというシャイターン史上最弱のメンバーが編成されてしまった。
一方、ドミニオスは同国史上最高の布陣と評されるほどメンバーが揃っており、結果は火を見るよりも明らかだった。
「……もう去年の話はやめるんだ」
エドガーが静かに口を開く。
「誰が悪いわけでもない。もし誰かを責めるとすれば、それはこの私だ」
国王のその言葉にマグナスは一瞬目を伏せ、口を閉ざす。
「……そうですね。今考えるべきは“これから”です」
アルノーがその言葉を引き継ぎ、場の空気を前へと進めた。
「それで、今年のメンバーはどうだ?」
エドガーが問うと、マグナスはすぐにアルノーへ視線を向ける。
「そのあたりはアルノーに任せておる。どうじゃ?」
両者の視線を一身に受けながらアルノーは口角を上げて笑った。
「勝率は……七割、といったところでしょうか」
「ほう…ドミニオスは学年的に去年のメンバーが変わらず出場してくるというのにか」
マグナスの眉がぴくりと動く。
「本当じゃろうな?儂はもうあの女狐に嫌味を言われるのはごめんじゃぞ……」
“女狐”とはドミニオス側の学園長——シルビア・フォクスウィンのことだ。マグナスと同じ学園長の立場にある彼女は冷静かつ辛辣な言動で知られており、長年の付き合いであるマグナスにとっても頭の痛い相手だった。
「心配いりません。今年は皆、気合が入っています。特にノエルさんは去年の無念を晴らすつもりで、並々ならぬ覚悟です。もちろんアゼルくんも出場しますよ」
「アゼル……アーサーが気に入っているというあの少年か」
「ええ。あの二人が揃えば、勝率7割という話も誇張表現じゃなくなりますよ。あとは、アゼルくんの気分次第ですけどね」
「ふむ……」
エドガーは顎に手を当て、ゆっくりと思案するように目を閉じた。
「あとは我が国の子供たちを信じるのみか…」
国家の誇りを賭けた戦いがまもなく幕を開けようとしていた——。
少しずつですが、多くの方々にお読みいただけるようになり大変嬉しい限りです。今更かよという話ではありますが、初めての作品であり拙いところもありますゆえご容赦願いたいです。リアクションやポイントは大変励みになりますのでお暇がある際にでもしていただければ幸いです。




