エピローグ
イリスさんとアゼル先輩の戦いが終わり、魔紋五傑攻略戦の全試合が幕を閉じた。
僕たち1年生Sクラスはその足で教室に戻っていた。
今日は授業はなし。けれど他にやることがある——それは反省会。
これまでの戦いを一人ずつ振り返り、自分の課題と向き合うための時間だった。
教室の空気は穏やかで、でも、どこか引き締まっていた。戦いの中で見えた「出来たこと」と「出来なかったこと」 そのどれもが胸に深く残っている。
「じゃあ、一戦目だったあたしからでいいわよね?」
そう切り出したのはミコトさんだった。椅子に深く腰掛けながら両手を組んでゆっくり口を開く。
「反省点は……縮小での回避と奇襲はうまくいったけど最後の詰めが甘かったことね。あそこでレイヴン先輩の反撃を読めずに決めきれなかった。それが一番の敗因だわ」
その表情には、悔しさと、ほんの少しの誇らしさが入り混じっていた。
確かに、あの“体そのものを縮小する”っていう最後の奥の手はすごかった。
「体を縮小するのって……そんなに大変なの?」
イリスさんが興味津々に身を乗り出して訊ねる。
「そうね。刀を縮小するよりも高い共鳴率が必要になるから、できるようになったのは最近よ。ま、あたしの父や祖父は息をするようにやってるけどね」
……やっぱり親族もすごい人たちなんだろう。
「無秩序型の象徴を自分の体に影響させるのってある程度の共鳴率が無いと出来ないからね」
リアムさんの言うことは正しく、実際に僕の共鳴率ではまだ自分の体を変化させるといったことは出来ない。改めてそれを既に出来るようになったミコトさんを尊敬した。
「それよりも…参考にできる目標がいるっていいよね。ミコトにしろ、イリスにしろ」
リアムさんが少し羨ましそうに笑った。
たしかに。僕たちみたいに手探りで進んでいる身からすると、相伝契約で象徴に深く触れて育ってきた2人はそれだけでもう一歩先にいる感じがある。
「まぁ、そうね。そこは感謝してるわ」
「でもね……イリスならわかってくれると思うけど、“誰もやったことのない使い方”をこの象徴で見つけたいのよ」
「そうなのよ!」
2人は同時に目を見合わせて笑い、ハイタッチを交わした。
「……相伝契約の人にも思うところはあるんだね」
リアムさんが苦笑いしながら呟く。
「じゃあ今度は僕が“こうしたらいいんじゃない?”って意見、言ってもいいかな?」
ミコトさんは真剣なまなざしでうなずく。
「この前の戦いで一番厄介だったのはレイヴン先輩の象徴で強化された“剣の切断力”だったよね。だったら、その剣を縮小して使い物にならなくしてみるってのはどう?」
僕も思わず「なるほど」とうなずいた。
「その発想はなかったわ……。でも、あたしの縮小って“触れないと発動しない”のよ。もしあの剣に触れたら今度はこっちが真っ二つにされちゃうわ」
「鍔とか柄とか触れる場所はいろいろあると思うけどなぁ」
「……そんなこと思いつきもしなかったわ。もしかしてリアムって戦闘IQ高いんじゃない?」
ミコトさんが冗談まじりにからかうと、リアムさんは「まあね」と肩をすくめて見せた。
和やかな笑いがこぼれたあと、視線が自然と次の挑戦者へと向けられる。
「じゃあ、次は自分ですね!」
ヴォルドさんが背筋を正し、堂々と前に出る。
「反省点は……“特攻”しか手がなかったことですね!」
あっけらかんとした笑顔が彼らしかった。
「確かにびっくりはしたけど、あれはあれでいい作戦だったと思うわよ」
ミコトさんが優しくうなずく。
「ありがとうございます。でも、フェリス先輩をもう一手驚かせられるくらいの戦術があれば……やっぱり工夫が足りなかったって今でも思います」
「例えばさ、カウンター狙いで攻撃を受けるにしても、“ガード”くらいはしても良かったんじゃない?止められるかは別として防御の意思を見せるだけで相手からの印象は変わると思う」
リアムさんが真剣な顔でアドバイスを送る。
「確かに、攻撃をまともに受けてたのはヤバいわよ……よく耐えたものだわ」
イリスさんがあきれたように言った。
「なるほど……自分の攻撃を当てることばかり意識してて、防御が疎かになってました。次は気をつけます!」
ヴォルドさんが反省の色を滲ませてうなずくと、リアムさんが優しく笑って応じた。
「次は俺か」
エリオスさんが立ち上がり、腕を組みながら前を見据える。
「今の俺の速度じゃ、完全にあいつの掌の上だった……それが現実だな」
「でも、二度もノエル先輩に刃が届いたよ!」
思わず僕が声を上げると、エリオスさんは小さく笑った。
「確かにな。でも……一度目は“偶然”。二度目は……“今の俺にはまだできない”ことだ」
「授業で習った通り、自分の共鳴率を超えて象徴を使うとやっぱり代償があるのよね?実際どうだった?」
ミコトさんの問いにエリオスさんは静かに答える。
「ああ、激痛が走った。“戦える状態”ではなかったな」
教室が一瞬、しん……と静まり返る。
そんな空気を和らげるようにリアムさんが明るく言葉を続けた。
「でもさ、エリオスの改善点ってシンプルだよね。共鳴率を上げて出せる速度をもっと上げればいい。それができたらもっと強くなると思うよ」
「そうだな」
エリオスさんはふっと笑い、小さく頷いた。
先ほどまでの張り詰めた空気がふわりと解けていくのを感じた。
エリオスさんの話題がひと段落ついたところで「……最後は私ね」とイリスさんが静かに立ち上がった。
瞳を伏せ、少しだけ間を置いてから口を開く。
「アゼルの“消滅”に対して攻撃を入れることはできた。でも、それだけじゃ倒せなかった。やっぱりあいつは一筋縄ではいかないわ」
その言葉にアリアさんが口を開いた。
「でも、入学式の時と違って……アゼル先輩から攻撃を引き出しましたよね」
彼女の言葉に他のみんなも頷いた。
だけど——
「まあ、攻撃されたのは光栄だけど……でも私はあいつを“倒す”ことを目標にしてる。だから、そんなことで喜んでる場合じゃないのよ」
真剣な眼差しで語るイリスさん。そのまっすぐな決意が痛いほど伝わってくる。
僕は思わず見とれてしまった。あんなふうに強く言い切れる彼女はただただカッコよくて、少し眩しく思えた。
きっと他のみんなも同じ気持ちだったんじゃないだろうか。
「やっぱり足りないのは身体能力と魔力量ね。そう考えると……私の今一番の目標も、エリオスと同じで“共鳴率を上げること”ね」
イリスさんはそう言ってふっと微笑んだ。
まるで自分がやるべきことをちゃんと理解している——そんな確信に満ちた笑顔だった。
誰も言葉を挟まなかった。あのリアムさんですら何も言わなかったくらいだ。
——こうして魔紋五傑攻略戦の反省会は幕を下ろした。
「よーし!じゃあ、頑張ったご褒美ってことで!今日はみんなで“お菓子パーティー”でもしない?」
唐突にミコトさんが声を上げた。思わず僕は「え?」と目を丸くする。
「それはいい案ですね!私、購買で何か買ってきます!」
アリアさんが嬉しそうに立ち上がる。その反応に呼応するようにさっきまで眠そうにしていたダリアさんもすっと立ち上がった。
“お菓子”というワードに反応したのだろう。
「今の今まで真剣な話し合いをしていたはずだが……?」
エリオスさんが呆れたようにため息をつくと、ヴォルドさんが楽しげに笑いながら肩を叩いた。
「でも、たまにはこういうのもいいじゃないですか!」
僕とリアムさんは目を見合わせて教室の机を並べ始める。自然と準備を手伝う人たちも集まり、教室は一気ににぎやかになっていった。
「なんだかんだで……いいクラスね、私たち」
ふと、イリスさんがポツリと呟いた。
その言葉に準備をしていた皆が顔を上げ、ふっと笑みを浮かべて頷く。
あたたかい空気が教室を包んだ。
僕はイリスさんの言葉に心の中で同意するのと同時に改めてここにいる仲間たちと共に——もっと強くなろうと心に誓ったのだった
少しずつですが、多くの方々にお読みいただけるようになり大変嬉しい限りです。今更かよという話ではありますが、初めての作品であり拙いところもありますゆえご容赦願いたいです。リアクションやポイントは大変励みになりますのでお暇がある際にでもしていただければ幸いです。