第3話 恩師との邂逅
契約の日から1年と少しが経った。
14歳になった僕は家業の手伝いをしながら能力を鍛え、街の人たちの手助けをして過ごしている。
この1年でダンタリオンの力についても少しずつ分かってきた。
まず、「象徴:変化」。これはその名の通り、対象物を別のものに変える能力だ。
ただし、何にでも変えられるわけではない。
水を牛乳に変えたり上着をズボンに変えたりと、似た性質を持つものでほぼ同じ質量のものにしか変えられないという制約がある。
もうひとつ、共鳴率。
これはアンナさんによると、象徴を頻繁に使ったり、身体能力や魔力量を鍛える基礎トレーニングをすると上がっていくらしい。
僕の現在の共鳴率は—— 4%。
(1年で4%か……まぁ、基礎トレーニングなんてほとんどやってないし妥当だよな)
そんなことを考えながら朝の支度を終え、いつものように父さんの手伝いをしようとすると——
「カイン、今日は手伝わなくて大丈夫だぞ!」
「え、いいの?やることない感じ?」
「お前が昨日まで頑張ってくれたおかげで順調だ。たまにはゆっくり休め」
最近忙しかったから父さんが気を使ってくれたのだろう。
それなら今回は素直に甘えることにした。
僕は家を出て久しぶりに気ままな街歩きを楽しむことにした。
昼下がり。
街を歩いていると、じんわりと汗が滲んできた。冷たい飲み物でも買おうと店へ向かおうとしたとき、ふと道端で困っていそうな男の人が目に入る。
「どうかしましたか?」
声をかけると、その人は顔を上げて嬉しそうに言った。
「おお!いいタイミングで声をかけてくれましたね! 実はこの街にある酒屋さんを探しているのですがなかなか見つからなくて……」
「あぁ、それなら僕が案内しますよ」
「本当ですか?助かります!」
……まさか自分の家に案内することになるとは思わなかった。
少し苦笑しながら歩き始める。
「おじさんはどこから来たんですか?ここら辺の人じゃないですよね?」
「私は王都ゼーレクスから来ました。お酒が好きで休日になると各地の酒屋を巡っているのですよ」
「王都?また随分遠くから来ましたね……ここまで馬車でも三日くらいかかりますよね」
「それに関しては大丈夫です。私なら二時間もあれば行き来できますので」
「え?それってどういう...」
僕が聞き返そうとしたその時——
「カインや、今ちょっといいかい?」
声の主はムーアおばあちゃんだった。
「 何か困りごと? 今ちょっと案内してるから後でも大丈夫?」
「私は後で構わないですよ。それよりもそこの貴婦人の手助けをしてあげてください」
「……分かりました」
おじさんの言葉に従い、まずはおばあちゃんの手助けをすることにした。
どうやら杖が壊れてしまったらしい。
「カインの力で直せるかい?」
「大丈夫! ただ、同じくらいの長さの木材が必要になるけど……」
「ちょっと待ってておくれ」
そう言うと、ムーアおばあちゃんは家から木材を持ってきて僕に手渡した。
僕はその木材を持ち、おばあちゃんが使っていた杖を思い浮かべる。
すると、木材がゆっくりと杖の形へと変わっていく。
僕の様子をじっと見つめるおじさんの視線にわずかな熱を感じた。
「……これは象徴?」
かすかに聞こえたその独り言を僕は聞き逃さなかった。
「できたよ!使ってみて!」
「まぁ!なんて素晴らしいのかしら。前の杖よりずっと使いやすいわ!」
おばあちゃんが喜びながら歩き去っていくのを見送っていると、男の人がぽつりと言った。
「今のは象徴ですね?」
僕は驚いて彼の顔を見た。
「……はい。知っているんですか?」
「ええ。実は私も上位悪魔と契約しているのです」
——やっぱり。
さっきの「二時間で来れる」という言葉の意味がようやく腑に落ちた。
「つまり、ここまで短時間で来られるのは……」
「その通り。私の悪魔の象徴によるものです」
僕はふと、彼のことが気になり始めた。
上位悪魔と契約している上に王都からここまで二時間で来られるほどの力を持つ人——絶対にただの旅人ではない。
そんなことを考えていた僕に彼が笑って言う。
「気になりますか?私のこと」
「……えっ!?」
「顔に出ていましたよ」
「す、すみません……!」
「はは、構いませんよ。私はアルノーと申します。王都にある悪魔専門学校で教師をしています」
「——!!」
王都の悪魔専門学校。
契約の日にアンナさんから教えてもらった名門の学校。
そして目の前のこの人は——その教師。
「カインくんはいくつですか?」
「14歳です」
「ということは来年から入学できますね。うちに来る予定は?」
アルノーさんからの質問に僕は固まる。そして小さい声で呟いた。
「……僕はこの街を出るつもりはありません」
アルノーさんは僕の答えを聞き、何かを言いたそうな顔をしたがすぐに笑顔になった。
「なるほど、それもいい選択ですね」
その後は無言の時間が続いた。しかし、家までもうすぐというところでアルノーさんがまた飄々と話し始めた。
「これは独り言なのですが… この国にはおよそ1000万人の人がいます。適齢期に満たない子を除くその全員が悪魔と契約しているわけですが、下位悪魔の割合が8割、中位悪魔の割合が2割と言われています。要は上位悪魔と契約している人はあまりに少なく分布に反映されないということですね。そして君はその中の1人であると」
「何が言いたいのか分かりません」
「君がどのような人生を送ろうと凄い人であることに変わりはないということです。自信をもってくださいって余計なお世話でしたね」
彼はそれ以上は何も言わなかった。けれどその言葉は僕の胸に妙な余韻を残した。
「…着きました」
余計なことを考えないようにして僕は家の扉を開ける。
「父さん、お客さんを連れてきたよ」
作業をしていた父さんが顔を上げる。
「ん? おお、いらっしゃいませ!」
「酒屋というのはカインくんの実家だったのですね! いいお店ですね」
アルノーさんは店の棚に並ぶ酒瓶を見て、楽しそうに微笑んだ。
「じゃあ僕は部屋に戻るね」
それだけ言って僕はすぐに自室へ向かう。
なんだか、これ以上アルノーさんと話すのが気まずく感じた。自分な中の何かを見透かされているような気がしたからだ。
階段を上がりながら、背後で父さんとアルノーさんの会話が聞こえてくる。
「どうしたんだあいつ。普段はもっと明るい子なんですが……」
「恐らく私のせいです」
「……?」
「実は——」
そこから先はもう聞こえなかった。
けれど、なんとなく分かる気がする。
アルノーさんが言った「君は特別だ」という言葉。
それが僕の心に波紋を広げている。
僕はこの街にいるつもりだった。
家を継いで、穏やかに暮らすつもりだった。
でも——本当にそれでいいのか?
心の奥に小さな疑問が生まれる。
そして、決して口にはしなかったけれど、ほんの少しだけ彼の言葉に心が揺らいでいた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
カインが自室へ戻った後も2人は会話を続けていた。
「そーゆうことでしたか! それにしても王都で働く先生に来ていただけるとは思いませんでしたよ!」
「またまたご謙遜を。この街で作られる発泡酒は王都でも有名なんですよ」
「それは嬉しい限りですね! お好きなだけ持っていってください! その代わりと言っては何ですが、一つお願いしたいことがあって……」
「カインくんのことですね」
アルノーは察したように頷いた。
「……はい。あいつは周りを優先してしまう癖があるんですよね」
「……」
「私も妻もそんな優しいところが大好きなんですが、最近のカインは自分の気持ちを押し殺しすぎている気がしてならないんです。親としては自分の好きなことをしてほしいというのが本音なんですよ」
ガレスの父親としての本音を聞き、アルノーは満足そうに笑った。
「カインくんはいいご両親を持ちましたね」
「いやいや…… 息子に本音も言わせられないダメな親父ですよ、私は……」
「そんなこと仰らないでください。……実は私に一つ考えがあります」
ガレスは本当に協力してもらえるとは思っていなかったので、その言葉を聞き少し驚いた表情を浮かべた。しかし、すぐに真っ直ぐとアルノーを見つめた。
「先生にお願いしてもいいでしょうか?」
「任せてください! カインくんと発泡酒のためです!」
そう言うと2人は笑い合い、かたい握手を交わした
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
種族:上位悪魔
真名:ダンタリオン
象徴:変化
共鳴率:4%
少しずつですが、多くの方々にお読みいただけるようになり大変嬉しい限りです。今更かよという話ではありますが、初めての作品であり拙いところもありますゆえご容赦願いたいです。リアクションやポイントは大変励みになりますのでお暇がある際にでもしていただければ幸いです。