第5話 目指す未来
闘技場では壮絶な戦いが繰り広げられていた。
イリスさんが次々と攻撃を繰り出すも、それをアゼルさんがすべて無効化してしまう。
派手な攻撃とそれを難なく消し去る冷静な対応——まるで一方的な戦いのように見えるが決して退屈なものではなかった。
むしろ、どのようにして突破口を見つけるのかそれを見届けたいという気持ちが湧き上がる。
しかし、一つ気になることがあった。
(...アゼルさんはなんで攻撃しないんだろう)
僕が小さく呟くと、隣にいたリアムさんが軽く笑いながら答えてくれた。
「彼は基本的に受けに回る戦い方をするんだよ。相手の攻撃を封じた上で必要最低限の動きで制圧する。まぁ、単純にめんどくさがってるだけかもしれないけど」
「……めんどくさがってる?」
「アゼル先輩って基本的に戦うのがめんどくさいって思ってる人だからね」
「そ、そんな理由で……」
信じられないような話だったが、リアムさんの話し方からすると本当のことなのだろう。
(なんていうか……すごくズルい気がするな)
そんなことを考えながら試合を見ているとイリスさんが剣を抜いた。
剣に魔力を纏わせ、鋭く構えるその姿は今までの遠距離攻撃とは違う迫力を感じさせる。
しかし——
「さすがに人に向けて剣を振るうのは危ないんじゃ……」
思わず心配になり小さく呟く。
すると、隣でリアムさんが軽く肩をすくめた。
「その心配はしなくて大丈夫だよ。この闘技場には不死のアーティファクトが設置されてるからね」
「……実技試験の時にも言われたんですけど、アーティファクトって結局なんなんですか?」
前から気になっていた疑問を投げかけると、リアムさんは少し考え込むような仕草をしながら答えた。
「うーん、僕も専門家じゃないから詳しくは分からないんだけど……簡単に言えば作成者が不明で超常的な力を持つアイテムのことをアーティファクトって呼ぶんだよね」
「作成者不明?」
「そう。アーティファクトは基本的に”誰が作ったのか分からないもの”なんだ。でも、どれも人智を超えた効果を持ってる」
「へぇ……」
「この闘技場にあるのは”不死のアーティファクト”。範囲内にいる人が致命傷を受けそうになると強制的に範囲外へ飛ばされるっていう効果があるんだ」
「……つまり、どんなに激しい戦いをしてもここでは絶対に死ぬことはないってことですか?」
「そういうこと。それで恐らく最初にノエル先輩が言った『準備が出来たわ』っていうのはアーティファクトの起動が終わったってことだと思う」
(なるほど……それなら本気で戦っても問題ないってことか)
少し安心すると同時にアーティファクトというものの存在の凄さを改めて実感する。
(もしかして……街の外にある”魔物を寄せつけない御守り”っていうのもアーティファクトだったりするのかな?)
疑問が浮かぶが答えを知るすべはない。
ひとまず目の前の戦いに意識を戻すことにした。
イリスさんは接近戦へと移行したものの、やはり攻撃は通らない。
何度も何度も斬撃を繰り出すが、まるで幻を斬っているかのように手応えがない。
その間もアゼルさんは攻撃を捌きつつ静かにイリスさんの動きを見つめている。
このままでは埒が明かないと判断したのかイリスさんは大きく距離を取った。
イリスさんは深く息を吸い込み、一度目を閉じた。
アゼルさんの象徴であろう能力によって通常の攻撃はすべて無効化されてしまう。
魔力弾も剣撃もことごとく消され、彼にダメージを与えることすらできていない。
僕を含めた観客の全員が次のイリスさんの動きを見守った。
すると、イリスさんは剣を振りかぶるのではなく足元に視線を落とした。
次の瞬間——
バシュッ!
床に無数の矢印が現れた。
イリスさんはその矢印を踏み込むことで一瞬で加速し——
「っ……!」
まるで矢のような勢いでアゼルさんの懐へと突進した。
観客席から見てもそのスピードは尋常ではなかった。
(今までの象徴の使い方とは違う……!)
これまでの攻撃と全く異なるアプローチ——そして、アゼルさんの想定外の動きだった。
「まさかそっちで来るとはね…」
アゼルさんの口元にわずかな笑みが浮かぶ。
しかし、それでも——
ギリギリのところで彼は一歩だけ横へと踏み出した。
——スカッ。
刹那の間、確かにイリスさんの剣がアゼルさんの服をかすめた。
紙一重の差でその一撃は外れてしまう。
(……惜しい!!)
観客席がどよめいた。
初めてアゼルさんが攻撃を捌けなかったのだ。
「遠距離攻撃を得意とするアーサー王子とは違ってそっちの使い方でいくんだ」
アゼルさんは軽くため息をつきながら呟く。
イリスさんは攻撃の勢いを殺しきれずそのまま着地し、膝をついた。
息を切らしながらも彼女の瞳はまだ燃えている。
イリスさんは今の攻撃ならいけると判断したのか、次の攻撃のタイミングを伺っている。
そして、魔力弾で気を逸らして2回目の加速攻撃をしようとしたその時——
「そこまでじゃ!!」
場内に雷鳴のような声が響いた。
その瞬間、空気がピンと張り詰める。
戦闘の緊張感が一気に断ち切られるような感覚だった。
見ると、闘技場の入り口に一人の教師が立っていた。
厳しい表情をした壮年の男性——僕の実技試験の担当であり、さっきの入学式で学園長と言い争いをしていた人物だった。
「勝手な戦闘は禁止されていると入学式でも説明したはずじゃが?」
低く、威圧感のある声が響く。
その声にイリスさんとアゼルさんの戦意は完全に削がれたようだった。
「まったく……何も入学初日に決着をつける必要などないだろうに」
先生は溜息をつきながら2人を見つめる。
「言い訳はしないわ」
イリスさんはすぐに立ち上がり剣を鞘に収めた。
「でも、無意味な戦いではなかったわ。私はまだまだだけど……確実に”届きかけた”もの」
イリスさんの言葉にアゼルさんは少しだけ目を細めた。
「……はぁ。まさか攻撃をくらうとは思ってなかった。次はちゃんと正式に挑んできてくれ」
「……次は勝つわ」
イリスさんはアゼルさんを見つめ、はっきりとそう言い切った。
先生はそれを聞くと静かに頷いた。
「よかろう。今回は目をつむってやる」
そして、2人や僕たちを含めた生徒全員に厳しい視線を向ける。
「新入生諸君、貴様らはガイダンスがあるはずだな?すぐに向かえ」
「……はい」
僕たちはそう頷きそそくさと闘技場を出た。
ちなみにノエルさんはいつの間にか消えていたが、アゼルさんは先生に引止められ「貴様は後で職員室に来い」と言われて「え、マジで?」と泣き目だった。
僕は素直に可哀想だなと思った。
教室に向かう途中でリアムさんにアゼルさんとイリスさんの契約悪魔と象徴を聞き、先程の勝負で何が起きていたのかの解説を受けた。
この戦いで上位悪魔の契約者といっても僕と彼らには大きな差があると感じた。
しかし、自然と入学式の時にリアムさんにいわれた絶望の感情は湧いてこなかった。
むしろ、あの戦いに入って行けるようになりたいと胸の奥に強いものを感じていた。
(……僕ももっと強くならないと)
そう思いながらクラスへと向かうのだった。
少しずつですが、多くの方々にお読みいただけるようになり大変嬉しい限りです。今更かよという話ではありますが、初めての作品であり拙いところもありますゆえご容赦願いたいです。リアクションやポイントは大変励みになりますのでお暇がある際にでもしていただければ幸いです。