錯誤
仮想現実の中で多くの人と触れ合うことができる革新的なゲーム。
それは圧倒的な没入感と存在感であらゆる人を魅了してきた。今もこの世界では新たなプレイヤーが増え続け、またこの世を去っていく。
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……目を覚ますとベッドの上だ。私の目覚めはいつもここから。
立ち上がって周囲を見渡してみると、飲みかけのコーヒーと手の付けられていないオムライス。
やわらかい日光が窓から差し込み、緩やかな音楽が聞こえてくる。
私のお気に入りの部屋だ。ここにはいくつもの思い出が詰まっている。
「さて、今日は何をしようか」
何も予定はないが、とりあえず軽い身支度をして家を出てみる。
外の気温は5℃程度。最近はいっそう寒くなり、冷たい風が冬の到来を感じさせる。
零れ落ちた木の葉の上を歩いて行くと、そこは毎日訪れるお決まりの世界。
私の仲間たちはいつもここに集まってくる。本当に個性的な仲間たちだ。
顔を作るのがうまい女の子。素敵な声をもった紳士。妙に達観したロリ。ボディタッチに過剰に反応するショタ(成人)。
この世界には本当に様々な人が住んでいて、無限の出会いと無量の体験が待っていた。
「やぁ〇〇さん、こんにちは」
ぼけっと突っ立っていると、さっそく一人話しかけてきた。どうやらちょうど今こちらに来たばかりのようだ。
「〇〇さんこんにちは。最近寒いね」
「もう12月だしね。これからもっと寒くなる。でも、悪いことばかりじゃないさ」
そう言いながら、彼は私に近づき優しく抱きしめる。
朝の冷たい空気がうそのように暖かくなり、お互いのぬくもりを交換し合う。
この時が好きだ。愛している。
心臓の鼓動。抱きしめる腕の圧力。頬にかかる吐息。
私には縁遠いものだと思っていた幸せというものが、この瞬間に詰まっている。
「今日は早かったね」
耳元でささやくと、寒さでほのかに赤くなった彼の横顔が少し驚いたように跳ねた。
まだこれには慣れないらしい。
「本業休みだったからね。でもこれからまた別の仕事だ。年末で忙しくてさ」
彼も私も社会人だ。一緒に遊べる時間は短い。
それでもこうして毎日しゃべることができるのは、この世界でつないだ縁なのだろう。
「そっか。最近顔出す時間が少ないから、みんなさみしそうにしてたよ」
「年始には休みがとれるからさ、またどこか遊びにいこう」
……しばらくそんな風に他愛もない会話をしていると、楽しい時間というのはあっという間に過ぎていく。
気が付けば、朝日ももうずいぶん高く昇っていた。
「結局誰も来なかったね」
「最近みんな変に気を使うから。いつでも来てくれていいのに。……もう仕事の時間だ」
彼はそういうと、すっと立ち上がる。
「今日は楽しかったよ、また会おう」
「うん、いつでも待ってるよ」
案外あっさりと、私たちはお互いに手を振りわかれる。
ここでの距離感はこんなものだ。
さて、一人になってしまった。
このままここで待っていてもおそらく誰も来ないだろう。
「いったん家に帰るか。久しぶりにゲームでもやりたい気分」
短い帰路をたどり家に着くと、朝よりも幾分明るくなった自室が見えた。
おもむろに一台のゲーム機を手に取る。頭に装着するタイプの珍しいゲーム機だ。
仮想現実の中で多くの人と触れ合うことができる革新的なゲーム。
それは圧倒的な没入感と存在感であらゆる人を魅了してきた。今もこの世界では新たなプレイヤーが増え続け、またこの世を去っていく。