1話-④ 不首尾
僕の視界から、再びスゥスが目の前から消えた。
どんな技術を使っているのかわからない。ただ目で追えないほどのスピードで動いているのだろう。
ゲヌスの僕の動体視力でも、捉え切れないのか。
……まずい。
さっきみたいに不意打ちをされたら、対処しきれない。それなら、いっそ追わないほうがいい。
僕は構えをとって、辺り一帯を警戒する。
その時――背後で風を切る音がした。
素早く体を反転させると、鋭く光るナイフの先端が視界いっぱいに迫ってきていた。
「……っ!」
体を仰け反らせて、何とか避ける。今度は見失わないように、スゥスの姿を追いかける。
スゥスはナイフを振り回しながら猛追してくる。スゥスの体躯が小さいのと、ナイフなのが相まってかなりの接近戦を強いられる。ナイフを使っているというよりも、むしろ体術に近い。
攻撃を避けながら距離をとろうとするが、スゥスの洗練された流れるような攻撃で、2つのナイフが襲ってくる。隙がまったく見当たらない。
後退しながら動体視力と直感だけで凌ぐが、すぐに限界が来た。鋭いナイフの刃先が頬をかすめ、熱い痛みが走る。
「……ぐっ」
避けきれずに尻餅をつくと、スゥスがナイフの冷たさを感じる距離で寸止めする。さすがに本気で当てるつもりはないようだ。
「逃げてばかりじゃ駄目ですよ。魔法を使ってください」
スゥスは一息ついて、文句を垂れる。
「やり方を教えてもらってないのに、無茶言わないでよ……」
僕は不満を漏らすが、そんな事を聞き入れてもらえるはずもなかった。
僕が立ち上がると、間髪入れずにスゥスが距離を詰めてきた。
「うおぉ!」
結局さっきと同じ流れだ。どうしても魔法を使えない限り、終われないらしい。
どうすればいいんだ。魔法の使い方……。
僕はスゥスの猛攻を避けながら、頭をフル回転させる。
そうだ。身の危険を感じると発現する、って言ってたよな?
……もう十二分に感じてるんだけど!?
何だったら意識がはっきりとしている分、火事に巻き込まれたときよりも、体が身の危険を訴えかけてきている。
ヤバい。もう避けられない。
「ベルアさ~ん!」
こんなときに外野から気の抜けた声が聞こえてくる。
ネユさんだ。見なくても分かる。というか、見ている余裕なんてない。
「力を溜めて押し出すイメージです~」
何の参考にもならないアドバイスが飛んできた。こっちはそれどころじゃない。
「こうして手を握り締めてですね……。こっち見てくださ~い」
そんな余裕があるわけないだろ。こっちはスゥスの猛攻をどうにかかわすだけで精一杯だというのに!
ネユさんこそ僕の現状をしっかりと見てほしい。
ナイフがもう産毛を切るところまで迫ってきている。
「くそっ、もうこうなったらヤケだ!」
僕は何となく聞こえた声を参考に、拳に力を込める。力を溜めるイメージ。
それからスゥスめがけて、右手を勢いよく突き出した!
「うぉりゃああぁ!」
声がこだまする。木から数羽の鳥が飛び立っていった。
思い切り突き出した右手からは、もちろん何も出なかった。
そりゃそうだ。
今回は腕が光っていないし、熱くなってもいない。文字通り手応えがなかった。
ただ声を上げて拳を突き出しただけだ。
「ふざけてるんですか?」
冷たい声が耳元で響く。
いつの間にかスゥスが背後に立っていて、ナイフが首元にピタリと当てられている。
「いや、いたって真面目だけど……」
言い訳じみた声を漏らしつつ、冷や汗を拭う。
2人とも教えることに不適過ぎないか?
ネユさんはともかくスゥスはまともだと思っていた。まさか特訓のときには根性論のスパルタだったとは……。
これは憲兵だからなのか?
「というか、スゥスが速過ぎない?」
僕は悲痛な叫びをあげると、横から、のんびりとネユさんの声が入る。
「スゥスは風魔導士ですからね」
振り返ると、知らない間にスナック菓子を持ってきて頬張っている。人の命懸けの特訓を楽しむなよ。
それはともかく――。
風魔法?
スゥスが風魔法を使っていたなんて、思い当たる節がない。
風といえば、スゥスが目の前から消えるタイミングで、突風が吹いていたけれど。
そんな、まさか……。
「もしかして風魔法で自分を加速させていたってことか?」
「はい」
スゥスはあっけらかんとして言う。たしかにそれなら消えるような速さにも納得だ。
体躯が小さい分、よりスピードも出やすいだろう。
「なるほど。そういう使い方もあるのか」
「風魔法だけでなく、火魔法の噴射を使えば、同じことが可能です」
「へぇ」
僕は感心して思わず唸る。
魔法といえば、ただ放出するだけだと思っていた。
風魔法であれば、農業で種を蒔いたり、肥料を拡散させりするのが一般的な使い方だ。戦闘に使うとしても突風とか竜巻とか。派手なものしかイメージできなかった。
それを自分の推進力にするなんて……。
「魔法を使いこなすには、頭の中で自分がしたいことを思い描くことです。それができれば自由自在に使えるはずですよ」
スゥスはあっさりと言うが、自由自在に魔法をコントロールするには、ただ強いだけでは不十分なはずだ。細やかで高度な技術が求められる。
自分にそんなことができる未来なんて、まったく見えない。
「っていうか、そういうのは先に教えてよ!」
僕は抗議の声を上げる。
だが、スゥスは間髪入れず、次の攻撃を仕掛けてきた。