プロローグ
眼前に広がる光景は、ぐにゃぐにゃと揺れ、歪んでいた。物の輪郭が溶けるように動き出し、混ざり合っていく。
ただ濛々とした光だけが、目の奥を刺すように差し込み、思わず顔をしかめた。
「なんだ、これ……」
掠れた声が、自分の口から漏れた。
気を抜くと、意識が遠のきそうになる。それでも、なんとかジッとこめかみに力を込め、必死に焦点を合わせた。
黒煙が視界の端を覆い、焼けた空気が肌を刺すように熱い。辺り一面に広がる赤い空は、夜だというのに暗さを完全に忘れさせていた。
直前まで何をしていたか思い出せない。突然、爆発音がして、気が付いた時には目の前の景色が一変していた。
轟音とともに建物が倒壊し、炎がそれを容赦なく飲み込んでいく。僕の生まれ育った場所は、一瞬で地獄に成り果てていた。
逃げようとしても、立ち上がることすらできない。うまく体が動かなかった。
足元を見ると、倒壊したコンクリート壁が僕の下半身を押し潰していた。
血が鼓動に合わせてじわりじわりと流れ、周囲を染めていく。
「くそっ……動け……!」
力を込めようとするが、身体は微動だにしない。おそらく骨も折れているのだろう。それでも、痛みはない。不自然なほどに。
「誰か……誰かいないのかっ……!」
叫んだつもりが、声は掠れ、炎の音に掻き消された。周囲には誰もいない。助けを呼ぼうにも、声は届かない。いや、もう人がいないのかもしれない。
呼吸が荒い。肺がうまく空気を取り込めない。
「はぁっ……く、そ……」
息を吸い込んでも、焦げた匂いが喉を焼くだけで、まったく楽にならない。頭の中が錆び付いたみたいに働かず、意識がじわじわと沈んでいく。
ぼやけた視界の先に、燃え盛る街の姿がかすかに映る。
「あぁ……死ぬのか……」
ふと、そんな言葉が口から零れた。まさか、こんな死に方をするとは思わなかった。
周囲は瓦礫と炎に囲まれ、逃げ道なんてどこにもない。次第に全身の力が抜けていき、操り人形の糸が切れたように地面へ突っ伏した。
……眠い。
まぶたがひどく重い。それでも、身体は軽くなっていく。ふわりと浮き上がるような、奇妙な感覚。
僕の意識は、そこで途絶えた。