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七色の魔法使い

 「避けろぉぉぉーーーーーーっ!!!!」


地を震わすような野太い声が右の鼓膜を揺らす頃には、視界はもう青く染まっていた。

空中で落下を待っている自分の顔が、肌が、ジリジリと焼けるように熱い。熱風が体を覆うようにぶつかってくる。

あぶねー、という言葉が口から零れ落ちる。かなり強く地面を蹴ったというのに、青白く燃える巨大な炎の柱が目の前を通り抜けていく。

しばらくの落下を経て、地面に着地する。夜の闇の中、流動する青白い光が今もまだ地を這って流れ続けている。止めようのない絶望的な力の奔流に、立ち上がりながらこいつぁーすげぇなと感嘆する。

後ろでいくらかの足音が聞こえた。

振り向く必要もない。


「全員いるか」


そう問うと、野太い声で当たり前だ、と返ってくる。

お前は死んだと思ったんだけどな。


青白い柱が、ふっと掻き消えた。

地面は青い炎で埋め尽くされ、炎の道を作っている。

炎を吐ききった黒い顎からは、未だに大きな炎が漏れ出ている。

漆黒の輪郭が、ゆらめく青い光に映し出される。

でっけぇなぁと呟くと、僕は歩き始めた。

後ろに足音が続く。

ポケットに突っ込んでいた両手を前に突き出し、力を込める。

10本の指の先には、様々な色の小さなオーブが順番に灯っていく。

ざわざわと溢れ出す高揚感に巻き上げられ、つい口を開く。


「あんなブレスを見せてくれたんだ。」


オーブが指を離れ、空へ昇っていく。

やがて星座のように並んだ七色の光の粒は、空中で静止した。

両手を下ろし、顔を上げる。

漆黒の体の中で煌々と輝く金色の目は、真っ暗な夜空に刻まれた月のようだ。

目の前の存在が与えてくる体が軋むほどの絶望感に、少し口角が上がる。

全身に力を込めた。


「お返しするよ」


ドンッッと大気圧が増した。星のようだったオーブが黒竜の体に張り合うかのように巨大な光球となり、今にも暴走しそうな程に鳴動を始める。

体が、迸るエネルギーの解放を激しく訴える。


僕は右足を大きく踏み込み、高揚感に突き動かされるままに大地を蹴っ・・・・・・。




「にぃに、おきろーーーーーーっ!!!!!」

甲高い声に耳をつんざかれ、びくっと震える僕の顔面に、間髪入れず冷たい何かが叩きつけられた。

突然の意識をぶん殴るような衝撃に体が硬直する。と、無防備に空いた口と鼻に大量の液体がなだれ込む。体が反応し、咄嗟に上体をおこそうとする。

鼻の奥のデリケートな部分に液体が到達すれば、悲惨な未来が待っていることは明らかである。この判断は、七色の魔法使いとしても非常に迅速かつ正確だった。・・・・・・正確だった。

腹筋に力を込めた僕の上体は、胸全体にかかる、何かとてつもない力によって完全に動きを止められた。

あ、と思ったときには遅かった。

想定されていた悲惨な未来に加え、完全に油断していた喉が、液体の気道への侵入を簡単に許してしまった。

「ゲボッ」

異物の侵入を許した身体はパニックである。どうにかせめてこれ以上の侵入は避けようと、何度も腹筋に命令を下すが、やはり体はどうしようもない力で布団に張り付いたままだった。

ここは地獄だった。

数秒の間続いたそれは、頭を横に回すことを思いついた冷静な頭脳によって終わりを告げた。

頭を横に倒した僕の口、鼻、そして目からは、液体がさらさらと流れ落ちていった。目からは止め処なく流れ出た。

ゲホッゲホッと咽び泣き、どうにか地獄を脱出した僕は、光を拒む瞼に抗いながら恐る恐る目を開けた。

目の前には、顔があった。

ぱちくりとした目が、僕の目を覗き込むようにじーっと見つめる。

明るい黄緑色をした瞳がちらちらと光を反射し、宝石のように輝いている。

彼女はにやにやと満面の笑みを浮かべた顔を逸らすと、

「ままーーーーっ!!!にぃにおきたぁーーーー!!!」

と叫んだ。

寝耳に水どころか、寝口にも寝鼻にも水を流し込んだ挙げ句、二度も寝耳にバカでかい声を浴びせられたのだ。もちろん、僕にはやるべきことができた。

遠くで小さく、つれてきてーという声が聞こえる。それにまたアホでかい声で返事をしようとする妹の声がピタッと止まる。青くなった顔で、ゆっくりとこちらを振り向いた。僕はにこっと笑いかける。

「逃げられると思ったか?」

彼女の足首は、僕の右手に繋がれていた。

さーてどんな地獄にしようかと、青筋を立てながらウキウキで考える。

そんな僕の顔に、またしても水の塊が叩きつけられた。


てってってっと小さな足音が僕の部屋を出ていく。

ぽたぽたと水が布団に垂れる音が部屋の中に響いていた。



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