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擬古文調っていうのは、なかなか心そそるものがあります。しかも、それがきちんと七五調になっていたりすると。呪文詠唱とかはその最たるものであり、また以前の「せざるを得ない」っていうのもまた擬古文であるともいえますね。
このように古文がある程度なり日本人に受け入れられているというのは、やはり義務教育課程において古文が必修である、ということが大いに役立っていると思います。共通の教養に(完全ではないにしろ)なっているわけですね。
でも、もちろん現代文法とは違うから、間違えることもあります。次のエッセイは、間違えやすい要素を取り扱ったものです。特に、過去の助動詞「し」について要注目です。
「擬似古文でカッコいい呪文や誓約文を書く時の注意――過去と完了の助動詞について」作:多雨氏
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これによりますと、「し」は単純過去で完了の意味は持っていない。なので不用意に「し」をつかうと、過去にはその通りであったが、暗黙的に現在はそうではない、という意味になってしまうようです。それが適切でない場合は、完了の助動詞「たり」などを使わなければいけない、と。
呪文と言えば、誰でも知っているドラグスレイブ。このように大家が書かれたものであっても、適切でないことはあります。具体的には、最後ほうの部分。
「我等が前に立ち塞ふさがりし」
は、七七で語呂が悪いというのは置いておいても、「過去に立ち塞がっていた」すなわち「今はそうではない」相手にドラグスレイブを発する必要は無いのではないかとなってしまいます。
もしも、これを書きなおすことが許されるなら、たとえば
「我等が道を妨げる」
とかでしょうか。
ちなみに、後個人的に気になったりするのは
・最後の一行を除いて、やっぱり七五で統一してほしい。特に、原作で「埋もれし」となっている部分がアニメでは「埋もれし」になったそうですが、その必要があるのかどうか。
・汝には、「な」「なれ」「なんじ」あたりの読み方がありますが、特に「なんじ」を使う場合は相手を目下に見る感じが強くなります。昔の結婚式の神父さんのセリフで二人称に「汝」を使っていたのは意味が無いではない。いまは「あなた」になっちゃいましたけれど。
というわけで、「我と汝が力もて」って言う所も気になっちゃいます。「偉大な汝の名において」は「なれ」と読んじゃえば語呂も良くなるのですけど。
と言う訳で、もし擬古文調を導入されるなら。当該エッセイは一読される事をお勧めします。