茶番より可愛らしさが欲しいです
初めてで右も左もわからずですが、見ていただけたら幸いです。
「きゃあ~、ご、ごめんなさぁ~い。わざとじゃないんですぅ~」
小柄で髪が腰まであるピンクブロンドを揺らしながら、大きな茶色い瞳でこちらを見て、雑な謝り方をする女子生徒。
きっと、こういう"可愛らしい自分"をアピール出来る子は、皆に好かれるのだろう。
"可愛らしい自分"をアピール出来ない私、ベアトリーチェ・モナルダは先程、空から降ってきた水を被り、本来だったらウェーブがかっているライトブラウンの髪はペタンコになって、前が見えない。
(何でこんな目に合うのだろう······ついてないな)
私が今日から通うフェティダ学園は、帝国でも有数のエリート校。文武両道で、実力がないと入学は出来ず、基本的には貴族しか通えない。
ごく稀に平民の入学も認められるが、本当にごく稀だ。
例えば、この女子生徒のように魔法が使えるとか。
登校初日の今日は、新入生を歓迎する意味もあり、校門から校舎まで数百メートルある間の道を在校生が部の勧誘をしていた。
私は運悪く、この女子生徒が誤って水魔法を飛ばした際に通りがかったのだ。
「ごめんねぇ~私ぃ~まだ上手くコントロール出来なくてぇ······」
瞳をウルウルとさせながら、話し掛けてきた。
「エミーリア様、大丈夫ですよ。わざとではないのですから」
「そうですよ。とても貴重な魔法を見せて下さっていたのですから」
「寧ろ、魔法を体験出来て、有り難いのではないのかしら?」
(この方々の発言は如何なものか。正直、関わりたくないわ······)
確かに、大陸屈指の我が帝国でも魔法が使える人は少なく、貴重な人材なのだ。
大陸でも魔法が使える人が多いのは、隣国と少し離れた島国の二か国のみ。
この二か国は、魔法学等が発展していて、国外に魔法使いが出ないようにとても大切にしていてる。そして平和で安全な国としても知られている。
何故か、この二か国に高確率で魔力を持った子どもが生まれるようだ。
解明はされていないが、どちらかが魔力を持っている、魔法が使える。又は魔力・魔法が使える者同士と言えども、子どもが必ずしも魔力・魔法が使えるとは限らない。
だからこそ、帝国では貴重な人材だと認めますが、この状況は無理です。
「でもぉ~新入生にこんな仕打ちをしてしまうなんてぇ······いくら魔法が使えるからと言っても、ダメな先輩だわぁ······」
両手で顔を覆い、悲しげな声で話している。
「エミーリア嬢、魔法が使える事は素晴らしいんですから、悲しまないで下さい」
「そうです。誰しも失敗はありますよ」
(······いつまでこの茶番を見せられるのだろう)
どういう訳か、被害者の私が放置されて、加害者のエミーリアという女子生徒が被害者になっている。
水を被り、少し寒く感じ始めてきた。まだ、水を被って平気な季節ではない。
「エミーリア様、泣かないで下さい」
(いや、私が泣きたいです)
水滴が頬を伝い、濡れた頭と顔が冷える。寒さと惨めさからか、自然と体が震え始めた。
(早く、この茶番から抜け出したい······)
濡れた髪の毛が顔にへばりついているのを払い、彼らを見るのも嫌だったので、取り敢えず俯いて、事が過ぎていくのを待とうとした。
「何事だ!!」
突然、大きな声が人集りの向こう側から聞こえた。
集まっていた生徒は、一斉に声のした方向を向くとサッと道を作った。
その道を颯爽と歩いてきたのは、皆が注目してしまう程の整った顔立ちの長身で、黒い艶やかな髪、吸い込まれるようなキラキラと輝く青い海に似た瞳の男子生徒だった。
彼は、少し怒った顔でこちらに近付いてきた。
「エドガルド様ぁ~!!」
エミーリアはパッと顔を覆っていた両手を外し、祈るような姿でエドガルドを見つめた。
そして、涙ながらに話し始めた。
「エドガルド様ぁ~私ぃ~新入生の皆さんに魔法を見せてあげようとしてぇ~上手くコントロール出来なくてぇ~急に来たあの子に水をかけてしまってぇ······わざとではないんですぅ」
(······何か嫌な言い方だわ)
「お似合いの二人よね」
「よく一緒に歩いているのを見かけるわよ」
「悔しいけど、並んでいると絵になるな」
エドガルドとエミーリアが並び立つと、周りはお似合いだと語り始め、エミーリアは頬を染めてエドガルドを見つめ続けている。
こんな雰囲気の場に立っているのも苦痛で仕方ない。皆が彼らに注目をしている間に逃げるしかない。
けれども、エドガルドは私の目の前に近付いてきた。
「拭け」
エドガルドはスッと、ハンカチを出して手渡した。
「エドガルド様は優しいですねぇ~」
うっとりとした表情で見つめているエミーリア。
手渡されたハンカチを受け取り、顔の水気を拭いた。その時、ハンカチの隙間から、エドガルドの青い海の様な瞳と目が合った気がした。
「何!?あの子!!」
「アロニア様からハンカチを渡されて、お礼も言わないなんて!!」
「失礼な子ね!!」
「少しはエミーリア様の可愛らしさを見習ったらどうかしら!!」
このエドガルド・アロニアとエミーリアは生徒達から人気なのだろうけれども、どうして私がそんな事を言われなければならないのか。
生徒達の言葉が突き刺さる。
(あーもぉー無理!!イライラする!!)
流石に遣り過ごすのも限界が来ており、私は気持ちが溢れてしまい、我慢出来ずに叫んでいた。
「何なのよーー!!」
叫び終わるその瞬間、暖かいぬくもりに覆われて、懐かしい匂いに包まれた。
「お帰り、チェリー」
驚きと共に聞こえたのは優しい声、先程とは違い、私の知っている会いたかった人。
懐かしさが抑えられず、しがみついていた。
彼の胸の高さ程にある私の頭をよしよしと、大きな手で撫でてもらい、高ぶっていた気持ちが落ち着く。
「すましてるから別人かと驚いた」
「······そっちの方が先に」
先程とは違い、昔と変わらない態度で安心感から話をし始めたら、可愛らしい声が聞こえた。
「エドガルド様ぁ~?そちらの方は、お知り合いですかぁ~?」
エミーリアは、組んでいた手を強く握りしめて、上目遣いで祈るように聞いてきた。
「······」
「あっ、もしかしてぇ~妹さんかしらぁ~?」
「······」
無言だが、エドガルドから発せられる怒りのオーラ。エミーリアは気にせず、大きな茶色い瞳をこれでもか!と大きくさせて、小首をかしげながら語る。
「あぁぁ~、私ったらぁ~妹さん巻き込んでごめんなさぁい······でもぉ~やっぱりぃ~、エドガルド様と私はぁ~引き寄せ合う運命なんですねぇ~」
(······何をどう解釈したら、そんな発言になるのかしら)
「まぁ~素敵ですわ」
「やはり、お二人はそういう仲なのですね」
「本当にお似合いよね~」
(面倒だわ!!この茶番はいつ終わるのかしら······)
今の発言に対して、私と同じ事を思っているのか、苛立ちを隠せず眉間に皺を寄せているエドガルド。
しかし、誰も気が付かないのか、エミーリアも周りも全く気にしていないようだ。
そんなエドガルドの苛立ちを抑えるべく、私は抱きついていた手を緩めて、トントンと優しく背中を叩いて名前を呼んだ。
「······エディ」
懐かしい私達だけの愛称で呼んでみる。
その私の行動に対して少し冷静になったのか、一瞬ふっと笑ってくれて、眉間の皺の本数も減った。
あまりこういうのには関わりたくはないけれども、絡まれてしまった今、戻る事は出来ない。
(んー···上手く逃げたいところだけど······)
どうしたものかと考えていると、エドガルドの名前を叫んでいる男子生徒と女子生徒の声が聞こえた。
「「エドーー!!」」
二人は生徒達の間を縫って私たちの前にやって来た。
彼らは私の方を見たとたん、驚いて目を見開いた。
「「ベア!?」」
「うん。シア、テオ元気?」
声の主はエドガルドより少し身長が低めで、金色の髪をサラサラとさせた、薄いピンク色の瞳が可愛らしく見えるテオドール・クラウンベッチ。
もう一人は、その可愛らしいテオドールより少し身長が低めで、ダークブラウンのサラサラストレート髪を一つに束ね、水色で猫目のスタイリッシュなパトリシア・カルーナ。
二人は私の顔見知りだった。というよりは、仲の良い幼馴染みとの再開となった。
「もぉーベア!!帰ってきたのなら一番に会いにきなさいよ!」
「ごめんね。会いたかったんだけど、なかなか家から出してもらえなくて······」
「うん、でしょうね!!私がベアの家族だったら同じ事をしているわ!!」
私を可愛がってくれるパトリシアは、一番の親友でもある。
「いやぁ~、ベアは変わらないね~。相変わらず小さくて、安心したよ~」
「テオも差ほど変わらず伸びてなくて、私も安心したよ」
「えぇ~、変わったよ?伸びたんだよ~。あっ、でも、よく見るとベアも変わったね~」
「えっ?どこどこ?」
「ん~、出る所は出て······」
「「おい!!」」
「如何わしい目で見るな!!」
「ベアから離れなさい!!変態!!」
テオドールのおふざけに対して、エドガルドとパトリシアの反応が素早い。
三人の変わらぬやり取りが懐かしくて、つい顔が綻び、幼馴染み達の所に帰ってきたと安心する。
「それより、何でエドはベアを抱きかかえているのよ?」
「いけないのか?」
「はぁ?ダメに決まってるじゃない!って言うか、エドはいつもいつも······」
「んっ?ベア、濡れてない~?」
テオドールが私の状態に気付き、止めに入ってくれた。
懐かしがっている場合ではなかった。私もすっかり昔の頃に戻って、話に花が咲いてしまったが、頭から水を被って茶番劇を見せられていたのだった。
「え!?やだ!!何でそんな事になってるの?」
パトリシアの言葉にエドガルドは答えるかのようにエミーリアの方を見て、目だけで訴えた。
そして、パトリシアも気付かれないように、目線の先を追うと、エミーリアの方にちらりと目を向けた。
「はぁ······エド。全部あなたが原因ね」
「あ"ぁ"~?全部俺のせいなのかよ!?」
「大体いつも······」
「二人共」
ビシッ、ビシッ
「「う"っ」」
テオドールの止め方はいつもデコピン。思わず二人ともおでこを押さえる。
普段は物腰の柔らかい、フワフワした人畜無害な雰囲気で軽い発言が多い奴だけれども、これは本当に痛い、地味に痛い。
「ベアはどうして何もしないの~?」
「あっ、すっかり忘れてたわ!」
頭から水を被った状態なのを忘れて、懐かしんでしまっていた。
テオドールのおかげで乾かすしかないと思った瞬間、ふわりと暖かい風が吹いた。その時、
「ねぇ~エドガルド様ぁ~」
(あっ、こっちもすっかり忘れていたわ······)
「貴女!いい加減になさい!!」
エミーリアとエドガルドの間にパトリシアが立ち塞がり、怒りを露にした。
「貴女はいつもいつもエドにすり寄って来て!迷惑だとわからないのかしら!?」
「あなたこそぉ~、エドガルド様とテオドール様に付き纏っているじゃないですかぁ~?」
「はっ?平民と言えども、立場を考えて発言したらどうなの?!」
「えぇ~?だってぇ~、私は魔法も使えるしぃ~。何よりもぉ~学園内は身分が平等じゃないですかぁ~?」
エドガルドの前よりも、パトリシアの前だと刺々しい事を言う人なのだと感じた。
エミーリアが入学の際に何を言われて、身分を平等と思ったのかは知らないけれども、学園が身分を平等だとは公的には言っていない。
寧ろ、帝国が運営している学園なので、身分に関して蔑ろには出来ない。貴族社会の階級をあまりにも無視しては、秩序が乱れて、延いては謀反にも繋がってしまうからだ。
もし、そんな事になってしまえば停戦中の国に攻め入る隙を与えて、侵略されて帝国が滅亡する事だって十分に有り得ることだ。
きっと、貴重な人材という事と、まだ学生である事が考慮されて、ある程度は砕けた時があってもいいのでは?平民の彼女には学園で学んでいく中で、少しず理解していくのではないか?と厳しく伝えなかったのだろう。
周りのお友達の方々も教えてあげたら良いのに、魔法が使える希少性と見た目の可愛らしさから全てを良しとしてしまったが故のこの状況ね。
「エドは侯爵令息!テオは公爵令息!貴女は平民!簡単に近付いて良い相手ではないのよ!?」
「えぇ~そんな事言ったらぁ~あなたは伯爵令嬢ですよねぇ~?エドガルド様達より低いじゃないですかぁ~?」
(したたかね)
「私達は幼馴染みですから!!」
「えぇ~そんな理由ならぁ~エドガルド様とぉ~私はぁ~お似合いだから一緒にいても良いじゃないですかぁ~?」
(何故そうなる!?)
「そうですよ!カルーナ嬢は些か、厳しすぎるのではないですか?」
「エミーリア様は魔法も使えますし、きっと幼馴染みを取られたくないと、嫉妬しているのではないかしら?」
(周りの方々!!大丈夫ですか!?目を覚ましてください!!)
パトリシアは持っていた扇子を出して、バッと開き、鋭い目付きのまま口元を隠した。多分、口パクで相手に暴言を吐いているのだろう。
これは怒りを押さえる時によくパトリシアがやっている事なので、相当お怒りなのだと感じた。
でも、こういう時にいつも助けに入るのはテオドールだ。
「まぁ~まぁ~。元はと言えば、エドが黙ってやり過ごそうとしているからだよ~?」
「······」
「あのさ~面倒な事があると黙って、無視するのやめてくれないかな~?もしかして、それがスマートなやり方だとでも思ってるの?僕にまで火の粉が飛んでくるのは嫌なんだけど~?そんな奴に大切なものは守れない。エドはクズ野郎になるの?」
(テオが喧嘩腰!?)
珍しいものを見たわ。テオドールは可愛らしい容姿でフワフワした雰囲気の見た目に騙され勝ちだが、時折、中身の黒さが滲み出てきて口が悪い時がある。
「ーーはっきりさせる」
確かに今までのエドガルドの行動は曖昧な点が多かった。
けれどもまだ、エドガルドからはエミーリアとの関係を聞いていないので、この状況だけでは判断しにくい。
私の知っているエドガルドは、違う事や嫌な事ははっきりと否定して、他人に曖昧な態度を取るのを見た事がなかった。
今日、久し振りに再開したエドガルドは、周りが言っているエミーリアとの関係を否定していなかった。
もう少し可愛らしさを出していたら違っていたのかと、私はモヤっとした気持ちになっていた。
「エドガルド様ぁ~そろそろぉ~妹さんを離してぇ~私と教室へ行きませんかぁ~?」
(······もう妹は確定なのね)
「こんのぉー······」
パシッと畳んだパトリシアの扇子がミシミシいってもう折れそう。
「シア、もういい」
「······エド!?」
「ほらぁ~やっぱりぃ~エドガルド様の隣は私ですよねぇ~」
嬉しそうな顔のエミーリアは、目を細めて鬼の形相になっているパトリシアを見下した。
「こんな茶番、いつまでも付き合っていられない」
「そぉですよねぇ~幼馴染みの子が出しゃばるなんてねぇ~醜い嫉妬はねぇ~見苦しいですよねぇ~」
エミーリアはまたチラッとパトリシアを見てニヤニヤ笑う。
「俺には心に決めている大切な人がいる」
「うふふ~皆さんの前で言うなんてぇ~嬉しいですぅ~」
嬉しそうに"可愛らしい自分"をアピールしながら、満面の笑みでエドガルドを見つめるエミーリア。
ふっと、私を抱き締めていたエドガルドの手が緩んだ。
懐かしいこの手が離れていくなんて、考えたことがなかった。いつでも迎え入れてくれると思っていた。幼馴染みだからと言えども、いつまでも一緒にはいられないのかもしれない。
分かってはいたが、その時が来たかと思うと到底納得できていない自分がいた。
もし"可愛らしい自分"であったなら、離れていかなかったのだろうか。
上を見上げてエドガルドの顔を見ると、エミーリアを真っ直ぐに見据えていた。
(あぁ······この場にいたくない······)
私は離れなくてはいけないと思い、緩んでいた手を退けようとしたとたん、強く手を掴まれた。
「好きだよ。チェリー」
掴まれた手の甲にキスを落とした。
「「「「!?」」」」
驚きすぎて、言葉が出ない。
「えっ······い、妹に!?」
エミーリアは驚いて、可愛い言葉使いではなくなっていた。これが彼女の素なのだろう。
「誰が妹だと言った?」
「えっ!?だって、エドガルド様は何も言わなかったわ!!」
「こいつはベアトリーチェ・モナルダ伯爵令嬢だ」
「は、伯爵令嬢······でも、そんな子よりも私の方が顔から才能まで上よ!!」
「あ"ぁ"ーー?お前、チェリーを前にしてよく言えるなぁー!?」
エドガルドの地を這うような声での威圧は、流石のエミーリアも少しビクついていた。
「わ、私の方が可愛いし······そんな、濡れて醜い······えっ!?かわぃ······」
「認めたな!!そうだよ!!お前より可愛いんだよ!!」
(止めてください。可愛くないです)
恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい。
私は髪の毛が乾いて、顔が晒されていた。大きな瞳は、帝国でも珍しい金色の瞳。その瞳は星がちりばめられたかのようにキラキラと輝き、母親譲りの白い肌は透き通って染み一つない。
「い、いや、私という貴重な存在より上なはずはないわ!!」
「はっ!この状況がわかってなくて、よく言えるな」
「な、何を言ってるの??」
「チェリーの顔が見えた理由がわからないのか!?」
「??」
(エディ、多分この方、私に興味ないからわからないって······)
「チェリー」
「うん」
恥ずかしい状況だったけれども、エドガルドが私の方を見たので、心地の良い風が吹き抜けた。
「今のでわからないか?」
「えっ······まっ、まさか······まっ、魔法!?」
「やっとわかったか頭空っぽ女。チェリーは無詠唱で魔法が使える、帝国唯一の存在なんだよ!!空っぽ女みたいな見せびらかすだけの奴とは格が違うんだよ!!」
「か、空っぽ女ぁ!?」
そう、私は魔法を学ぶために隣国へ四年間留学していたので、新入生と言うよりは二学年への編入生なのだ。だから三人の幼馴染みとは同級生なので、勿論、エミーリアとも同級生になるのだ。
そんなエミーリアはエドガルドの話を聞いて、俯いたまま立ち竦んでいる。
「もう終わりだ。行くぞ」
「あ、うん」
エドガルドが私の手を引いて歩き始めた。
「やぁ~、やっと本当の事が言えたね~早く素を出せばよかったんだよ」
「エド!あんたのせいでいらないストレスを感じたわ!!」
「俺のせいかよ!?」
「そうでしょうが!!あんなのを野放しにしておくから!!罰として、ベアを私に渡しなさい!!」
「はぁ~!?意味わかんねぇ~!!」
「そうだね~、ベアから返事もらってないからまだ、エドのものじゃないよね~」
「おい!」
(そうだ、私はまだエディに返事をしていないわ)
「あのね、エディ私······」
「それでも諦めないわ!!」
後ろから大きな声で叫んでいるエミーリアは、顔を上げてぐっと、歯を食い縛り、こちらを睨み付けている。
はぁー、とため息をついたエドガルド。
「言っておくが、茶番に付き合ってやったのは、反応すると余計な詮索をされて煩わしいからだ。特に空っぽ女みたいな奴は何を言っても聞かなさそうだったしな。というか、眼中になかった」
「まぁ~裏目に出たよね~」
「さっさと片付けてしまえば良かったのよ!!」
「変にかっこつけるから~」
言いたい放題のテオドールとパトリシア。通常通りなので、よしとしよう。
「ーーこんな茶番!許されないわ!!」
(あなたがそれ言う!?)
エミーリアの言葉を聞いたエドガルドから冷たい冷気のような気配を感じた。かなりご立腹のようだ。
「······お前の方は茶番だが、俺は本気だ」
「うっ······」
流石に鬼の形相のエドガルドを前にしたら覚めるだろう。
「特に俺の婚約者にした事は処罰に値する」
「え!?婚約者??」
「あら?知らなかったの?」
「エド~、何も伝えてないのか~い?」
「いや、俺はチェリーの父上が話をしてると思ってたぞ」
寝耳に水。全く知らなかった事実を今、知らされた。家族から何も知らされていない私は何なのだろうか。
「いやぁ~あの方は言わないんじゃないかなぁ~?」
「そうね、ベアの家族はベアを離したくないから黙っているでしょうね」
「えっ、えっ?いつから!?いつから婚約してたの??」
私の家族は昔から私をかなり溺愛しているのは知ってたけれど、まさか婚約の件を当事者に黙っているとは。
そんな、私の質問に笑顔が溢れんばかりのエドガルドは満面の笑みで答えてくれた。
「0歳のころからだよ」
「はぇ?0歳!?」
「生まれたばかりの俺らは、お互い日中も夜泣きも酷くて寝なかったらしい。そこで、元々交流もあり領地が隣接していて、やり取りをしていた母上達が互いの苦労を共有する為に会ったら、俺らは一緒にいる時だけ、泣かずに寝られたんだと。それを喜んで、その勢いで婚約したそうだぞ」
そんな頃からのを黙っていたとは······
「まぁーその後、冷静になったチェリーの家族は後悔していたそうだけどな!」
「あるよね~気分が高揚していた時に仕出かした事が、後になってとんでもない事になっていたとかって~」
経験者が語るような発言をしながら、エミーリアをみるテオドール。
「今からでも、無かった事にできないかしら?」
「それいいね~」
「よくねぇーー!!お前らは何なんだ!!」
「「どいつもこいつも······」」
「「「「!?」」」」
エドガルドが誰かとハモった。かと思うと······
「私をバカにしてーーーー!!!!」
叫び声と共にエドガルドに向かって、水の塊が襲い掛かる。
けれども、私が溜め息を一つしたとたん、水の塊は消えた。
「どーいうことよ!!」
「どうもこうも、そんな危ないものをこちらに向けないでいただきたいわ」
「私の魔法をどこにやったのよ!!」
「あぁ~あれ?学園裏にある泉の足しにしたわ」
「ま、まさか······て、転移魔法!?そんな魔法が使える人がいるなんて······」
「······まぁー何とか使えますが、まだまだなので、かなり······体力も魔力も消費······しますよ」
「······そんな···私にはもう······魔法しかないのに······勝てないなんてー···」
エミーリアはその場で泣き崩れた。
「······帝国において······魔法の優位性は大いにありますが······私は大切な人を守るため······使うべきだと······学びました······」
こちらを優しい笑顔で見つめてくれる、大切な人。
「チェリー······」
「······エディ、私も······好き······」
と、私の記憶はここまで。
ここからは聞いた話。
あの後、私は魔力切れを起こして倒れてしまった。地面に倒れ混むギリギリをエドガルドが受け止めて、医務室まで運んでくれていた。
帰りの馬車の連絡も入れて、私は自宅に運ばれた。
(しかも、運ぶときはエディのお姫様抱っこで······恥ずかしいけど、意識がある時にしてもらいたかったわ)
編入早々、かなり目立ってしまった。
教師への報告などの事後処理については、パトリシアとテオドールもやってくれたようで、スムーズに解決していったそうだ。
騒動の中で、私が転移させて勝手に水位を増やしてしまった学園裏の泉。この泉は最近水位が減っていて、渇れかけていたそうだ。
そこに偶然、私の転移魔法で水位も上昇した。更にあの水の塊に何を間違えたのか、成長魔法も入ってしまっていたようで、あの水の塊は大きくなって、泉が元の水位に戻ったらしい。
しかも、その成長魔法によって、貴重な薬になり、栽培もできず、探しても見つからない程の珍しい水中花が咲いていると話題になっているそうだ。
私を含め、幼馴染み四人はお咎めなしで、今まで通りに学園に通える事になった。
エミーリアについてはお咎めなしにはならなかった。彼女の周りでチヤホヤしていた方々は、きっちりパトリシアに報告され、一ヶ月の謹慎処分。
当事者本人のエミーリアは退学ではなく、転校になった。
やはり、魔法を使う人材は貴重なので、このまま退学処分とはせず、帝国の別の学園へ通う事になったそうだ。
その学園はとても厳しく、問題児が通い、逃げる場所も無いような監獄同然の学園と聞いた。
(本来だったら、退学だけでは済まされない事だわ。本当に退学だけで済んで良かった······)
それを聞かされたのが、あの日から一週間経った今、エドガルドが話をしてくれた。
こんなに休むつもりはなかったが、騒動の日に目を覚ました私は、家族に泣き付かれて、家から出してもらえなかった。
"何とか登校して欲しい"と帝国、学園側と幼馴染み達の説得で登校出来るようになった。
帝国、学園側は、大切な水中花に定期的な成長魔法をかけて欲しいという依頼の為に必死だった。
「これでよし!」
「終ったか?」
「うん」
学園裏の泉は立ち入り禁止区域になったが、私は定期的に成長魔法をかける為に、護衛も兼ねてエドガルドと一緒に来ている。
「本当に大丈夫?」
「あぁ、これくらい平気だ」
エドガルドは私が何事もなく学園に通えるようにと、私の家族と約束をして、第二騎士団副団長である兄に毎日稽古をつけられていた。
(······傷が痛々しいわ)
「······俺の中途半端な態度でチェリーを危険な目に合わせた」
「いや、でもあれは不可抗力じゃない?」
「今度こそ、守れるような強い男になりたい。チェリーからの"好き"嬉しかった。これからも一緒にいてくれないか?」
真っ直ぐ私を見つめるキラキラ輝く青い海のような瞳。いつも吸い込まれるように強く引かれる瞳。
「幼馴染みとして?」
「まさか、可愛い婚約者、恋人としてだ」
「それなら喜んで」
自然と二人は抱き締めあった。暖かい温もりに覆われて、懐かしい香りが落ち着く。これからは何があっても一緒にいたい。
私は"可愛らしい自分"にはなれないけれど、私を"可愛い"と言ってくれる人がいるからそれでいいのかもしれない。
今回の茶番は、私が一歩踏み出すための大切な出来事だったのかもしれない。
でも、これからの学園生活なるべく茶番なしで、穏やかな日々を過ごしたい······
まぁ~今が幸せならよしとしよう。