夜長の不健全
酒気帯びの赤頬を、秋の夜風がなだめている。
妖魔の幻舞に魅せられたように坐っていた目も、前からくる女の健脚に目を細められるくらいには正常。
まったく目赤もいいところ。 あ、ダブルミーニング。
そんな俺はきっと酒に呑まれた愚かな男だろう。
純粋でありたくば酒は飲まぬに限る。
ふとアイツが言っていたことを思い出す。
未成年飲酒は健全とも言っていた。
思えば、いや思わなくとも変なやつだったな。
しかし酒の入った時の追憶は決まって面白い。 少し過去に目を向けてみることにしよう。
五年前の秋の夜。
今日と同じように、乾いた寒風が吹く秋の夜長。
人間は暑くても寒くても気が触れるが、狂乱の暑さから解放されてもなおその毒気は残っているのか、はたまた温度差もまた毒なのか。 俺は本当にどこの家庭にもある複雑な事情に嫌気がさして家を飛び出してきた。
もっともこれが始めてでもないしせいぜい朝になると帰るので家出でもない。 半分くらいは咎められず体良く不良になるためにやっているもので、少し前からたまにやっていたのだが。
時は終電も過ぎて暫く経ったあと。
駅前通りの道端に腰掛け、やたら薬くさい酒の缶をちびちび飲って不良ぶっていた時。
ちなみに煙草も買ったが一本吸ってみて、気に入らなかった。 予想通りの味と不快感がなにも面白くなかった。 つまらないものだ、二度と吸うか。
だけども捨てるのは勿体なく、ブルゾンのポケットに乱雑に突っ込んだのを覚えている。
そうして酒だけをちびちび飲っていた。
ふと、薬くささにカラメルのような甘みと苦味の花色のマリアージュを錯覚する。 案外、美味いやもしれぬ。 いや、不味い。
頬が熱くて、月明かりに照らされた聳立する黒い巨大な影が少し陽気に見えた。
自分が薄れる感覚は恐ろしくも楽しい。
それは大人になったと思い込めるからか、単純に楽しくなってきたからか。
「よお未成年。 酒の缶が似合わないねえ」
後ろから聞いたことのない声とタールくさい手が伸びてくる。 恐怖や驚愕はない。
そこにいるのが当たり前のような男だったからだろうか。 酒気による判断力の低下なら恐るべきことか。
「そういうお前は」
顔も見ずに言った。
「オレもさ」
男は水滴のついた缶で俺と乾杯をしようとしてくる。
「どうりで」
「なにが」
男がタールくさい息と共に疑問をもらす。
「いやに楽しそうだなって、大人はいつもツラそうに飲んでるから」
「子どもみたいな大人もいる」
「傾向はあんだろ」
「ふむ、しかしあくまで傾向だ。 ただその意見には賛同。 俺が思うにアイツらはなんとなくで飲んでる、飲めるから飲んでる」
男の顔を横目で見た。
あちらも酒が入っているからか、二重幅が広くて少し美男に見えた。 横顎にできた青アザもなんだか雄々しいアイコンのよう。
「連中は酒をあえて嗜んでるわけじゃなくって、飲酒という行為に夢中になってるから飲んでるってこと?」
「そういうこと。 俺らのがある意味健全というか文化人じみてら」
「とんでもねえ話だな」
俺は少し笑った。 そう、きっと苦みばしった大人な笑いだっただろう。
「そうさな、純粋でありたくば酒は飲まぬに限る」
湿った酔いを乾かす秋の夜風が吹いた。
突拍子もない不良行為は、夏の残した湿気の作った泥。 乾いた清潔な風はその泥を洗いざらい洗い流してくれた。