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時間は自分に使うべき  作者: まこ
第1章
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はじまり


憤りが溢れる

私は愚かだった

この男に時間を費やすなんて



長く、一緒に居た。

もう10年、学生から付き合いだし、結婚の話も何度だって出ていた。その度に、彼は言ったのだ。

「まだ、早い。分かるだろう?まだ仕事も始まったばかりだし一人前にもなってないから、こんな状態でできるわけない。俺はいろいろ2人の将来のことをしっかり考えてるんだよ」

いつもそんな風に言っていた。

あの時は、確かにそうだよね。と納得したのだ。

そんな事が続いて、それでも月日がただ流れていくのに焦り、彼を押してやっと結婚への方向に動かした。


彼の地元に行くことになった。私も自分の地元がよかった。

でも、彼は言うのだ。

「自分はここでしっかり働いて地盤を作っているのだから、現実的に考えてこっちで暮らす方がいいに決まってる。そっちに行くことは考えてない。」

何度も話あったけど、結局その意見が少しも変わることもなく。彼が私の地元で知り合い1人もいない状態も可哀想に感じたこと、良い環境の職場にも勤めていたことで自分が折れて彼の所にいった。


そしてなかなか仕事が決まらず、時間が流れるため、先に籍をいれることにしようと話をしたとき彼は言ったのだ。

「好きか分からなくなった」と。

婚約破棄された。



すぐ地元に帰る訳にもいかず、ふらふらと吐き気のする彼の地元を歩く。もう、どうでもいい。いろいろ、どうでもいい。そんな気持ちだけを抱えて。

大きなクラクションの音が聞こえた。

笑ってしまう。この場所は最後まで私を落ちるところまで落としたいのか。

歩道に大きなトラックが見事に乗り上げ、一戸建ての綺麗な家に遠慮なく突き刺さっていた。







「顔をあげろ」

低い男の声がする。自分に向けられているようだ。

目に映るのは床に敷いてあるのだろう赤い絨毯。

両腕は後ろ側で強い力で押さえられており、体の自由は効きそうにない。

夢を見ているのだろうか。

顔をむりやり上げさせられ目に映った景色は、自分が先程までいた場所とかけ離れている。


ここは…どこ?と声を出そうとした瞬間、男と目が合い、頭に酷い衝撃がきた。それと、同時に自分が今、悪役令嬢としてここに転生していることを認識した。





私の名前はクリス。

ここはアバ王国。目の前にいる男は次の国王候補エドワード。

その横にいるのは聖女と呼ばれるチナリナだ。

なるほど、私は今チナリナに毒を飲ませたとして、自白を求められているわけだ。


頭が痛い。悪役令嬢に転生の話はよく読んでいたが、まさか、自分が当事者になるなんて思わなかった。

普通ないだろう。それとも、意外と簡単にあるのだろうか?

というか、それならばここで待っている未来も辛いことではなかったか。最も最悪なのは首のちょんぎりだろうな。

回らない頭でクリスは考えようとしてやめた。

とことん、嫌われているのだ。誰かに。抗うことが面倒だ。




「クリス、言い訳があるなら聞こう。」

エドワードが冷たい声でクリスに問う。

「…毒は入れてません。」



事実だった。

クリスは確かにチナリナにひどい嫌がらせを多くしてきた。精神的に追い詰めることはたくさん。しかし、肉体的に傷つけることはしていない。


「クリス、お前が毒を入れたこと。それを飲ませてこいと指示したということを多くの者が証言している。実際、お前はチナリナが憎いのだろう?」


今、私が憎いと思う相手を挙げるなら。

それは日本にいるあの男1人だ。

こんな世界に行くと分かっていれば、あいつに禿げる薬や腹痛の薬を飲ませたり、大事にしていた物に油性ペンで落書きしたり、たくさんの嫌がらせをすればよかった。

悔しくて泣けてくる。

あいつは、あの家でパソコンでもいじりながらお茶でも飲んでいるだろうに、私は婚約破棄からの今の状況だ。

悔しい。


「何か言ったらどうだ。」

「………」


「クリス、お前との婚約関係もここまでだ。」


「また!?」


つい、突っ込んでしまった…

そうだった。私は彼の婚約者だった。


その場にいた誰もが意味の分からない返事に驚いている。

エドワードも予想と違ったのだろう。怪訝な顔をしている。




破棄からの破棄という流れ。

私が何をした。確かにこっちでは、チナリナに嫌がらせをした。だから、まだエドワードの破棄は仕方ないにしても…


「…クリス」

「…はい」


続きを言おうとしたエドワードの言葉を遮り、髭のある男が前にでる。

「クリス・ターナ、お前が聖女に行ってきた数々の外道。とても、許すことはできない。愚かな女め。すぐ認めて、謝罪すれば罪をいくらか軽くすることも考えたものの。お前にもう道はない。牢の中で下される審判を待っているがいい。連れて行け」



強引に引っ張られ、すぐ動かないと見ると引きずり連れていこうとされた。

こんな状況だ。聖女という神と等しいものを殺そうとしたのだと決められたなら私に待っているのは死だ。

それなら、言いたいことがある。何を言っても変わらないなら言っておきたいことがある。


「エドワード!私は、聖女を殺そうとしたことはないです。ですが、確かに彼女に多くの酷いことをしてきました。私は狂った女です。ですが、たった女1人、それも婚約者だった女を狂わずにさせられなかった、正気にできなかったあなたが国民を助けることなんてできるわけがない。あなたに王の素質はない!」



エドワードがこれを聞いてどのような表情をしていたのか分からない。腹を思いっきり殴られ、意識を手放したのだった。








エドワードは呆然と立っていた。

たった今、この瞬間だけでクリスはエドワードにいろいろな感情を与えた。

親同士が古くからの繋がりがあり、身分が合うということでクリスとエドワードは初めから婚約者として顔を合わせた。

彼女の印象は、一言でいうと、奇妙。

エドワードの周りには、可愛く年相応に賢い女子達が多くいた。最も、それは選ばれた女子達だったわけだが、エドワードはそのことを知らなかった。

初めて会った時、クリスは全く笑わなかった。自分に笑いかけない人間がいることを知ったのはこの時が初めてだ。


「エドワード様は王様になるの?」

「そうだ」

「じゃあ、私は王妃様になるの?」

「そうだ」

「それは、嫌だと思う。」


それが初めての会話であり、

幼いながらも自分には手に負えない人間だと思った。



「エドワード様?」

青の瞳が自分を心配そうに見上げていた。

長く呆けていたらしい。

「すまないチナリナ。大丈夫だ。クリスの罪だが」

言葉を続けようとすると、先程前に出て強引に話を終わらせた髭のある男こと、ガンジスが頭を深く下げた。

「エドワード様、大変不愉快な思いをされましたでしょう。あの者の首切りは近く大広間にて行い、聖女さまへの愚かな行いがどのような罰を受けるかしっかり知らせてきます。しかし、お二人はお優しすぎる、あの者の汚れなどみる必要はありませんゆえ、どこかでごゆるりとお過ごしください」


それに対し、何か言う前に

「理解できません」

と、可愛らしく耳に心地のよい声がキッパリと言う。

チナリナはガンジスをじっと見つめ

「今、私を汚すのはあなたです」

そう告げると部屋を出ていった。










目を覚ますと、冷たく固い石の上に転がされていた。

腹を殴ったあの男の顔は見た。殴る時、やけに楽しそうだった。あのような者が城の護衛人で大丈夫なのかと思う。

私が言えることではないか。

クリスは、大きなため息をついた。トラックに撥ねられた時、痛みは感じなかった。今度もあっという間に終わるだろう。予め予定されていることは怖くて仕方ないが、どうせ逃げられない。


エドワードは傷ついただろうか。

傷ついてないだろうな。

エドワードは馬鹿なのか、鈍いのか。

いろいろと暴言を彼にも吐いてきたが、まるで応えていなかった。

人の気持ちに敏感になることは、上に立つ者にとって必要不可欠だと思う。傷つける側も傷つけられる側も経験することは大事だ。

私が、この世界で悪役令嬢になったのはこの役割を与えられた事が理由だ。



エドワードと会った2年後、母と父が辛そうな顔でお願いがあると言ってきた。

あまりにも、深刻な顔だったので、よっぽどのことかと思ったら、簡単に言うと能力はないが金と地位がある事で勘違いしている天狗貴族の鼻を折ってほしいということだった。

どうして私なのか聞いたら、お前がエドワードの婚約者だからだよと言われた。

それは、エドワードの周囲を綺麗にする意味、彼や彼を支えるクリスを成長させる意味があるのだと言われた。そして、后の立場に将来なるからこそ、何をしても滅多な罪に問われることはないからと。

「ははっ、死刑になりそうですけど」

母も父も早くに亡くなった。立派な人だった。上に立つからこそ貰っていた恵みに感謝し、その代わりにしっかり責務を果たして皆にとても慕われ尊敬されていた。自慢の両親だ。

そして、私は皆にとても嫌われ憎まれている。

私のやり方が不味かったのだろう。構わない。伸びた天狗の鼻を何本も折ってやったのだから意味は少しはあっただろう。

だけど、エドワードと聖女には残念だけど役割を果たせていない。

「それが、最後の心残りかな。私の人生はどうにも残念ね」






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