表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

(*´▽`)ノ 雪の短編集 ლ(╹◡╹ლ)

ちょっとだけ好きな人の話

作者: 松内 雪

 学級委員に選ばれた。

 選ばれたといっても、誰も立候補しないから自分から手を挙げた。

 面倒だとは思ったけど、学級委員を押し付けあうクラスの空気が嫌だった。


 きっと、隣の彼女もそんな感じだ。

 誰も学級委員をやりたがらない中で、俺よりちょっとだけ先に手を挙げた。


 積極的にやりたいって雰囲気ではなかったと思う。


 目立つような子じゃないし、あまり関わったことはないけど、責任感は強いのかなと勝手に思った。


 学級委員の任期は半年。男女で一人ずつ。主な仕事は教師の雑用。

 こんな仕事、押し付けあって当然だ。

 学級委員が決まったことで、クラスの奴らは他人事のように拍手をしていた。


 終礼の最後に号令をかけるのも学級委員の仕事。

 どっちが号令をかけるか決めるために、彼女に目配せをしてみた。


 だけど、一瞬で目を逸らされてしまったから、号令は俺がやることにした。


 チャイムが鳴ってみんなが帰り支度を始めたとき、彼女に声をかけた。

 目を逸らされたことに文句を言いたい訳ではなくて、ちゃんと挨拶をするタイミングがなかったからだ。


「学級委員、半年間だけどよろしく」

「うん、よろしくね」


 そっけない態度で返された。

 このままだと今後、苦労しそうだと思ったから会話を広げる。


「どうして学級委員に立候補したの?」

「なんか、先生と目が合ったから……手を挙げろって言われてるみたいで」


 この人、頼まれたら断れないタイプの人かもしれない。

 試しにちょっと頼んでみよう。


「終礼の号令なんだけど、こういうの苦手でさ。今度からやってくれないかな」

「…………わかった。いいよ」


 いいよ、と言いながら、すっごい嫌そうな顔をしている。

 こんなに顔に出されると、面白いし分かりやすい。


「やっぱり大丈夫。俺がやるよ。今日やってみたら意外と大丈夫だったし」

「ほんと?それならお願いします」


 今度は、よかった~って顔をしている。


 こんな短時間で、表情がコロコロ変わってしまうから、これからどんな顔を見せてくれるのかちょっとだけ楽しみだなと思った。


     *


 高校2年生の5月。学級委員になってから、1か月が経った。

 彼女とはたまに話す程度だけど、それなりに分かったことがある。


 彼女は結構天然だ。

 教師に頼まれた仕事を真面目にやるけど、毎回ちょこっと抜けている。

 人数分のプリントを配っていると、なぜか余りが出たりする。


 メモとか取れば改善することも多そうだけど、たぶん真っ先に取ったメモをなくしちゃうタイプだろうな、と思うほどの抜けっぷりだ。


 彼女を見ていると、俺がしっかりとしないといけないなと思えるから、相性としては良いのかもしれない。


 それと、いまだに口数は少ないけど、やっぱり考えていることが表情に出る。

 

 彼女に教師からの指示を伝えるとき、たまに『言っている意味が分かりませんっ』って顔をする。頭の上に、はてなマークが見える時だってある。


 おかげで説明が伝わってないことが分かるし、そういう時は、説明の仕方を変えて話せば『なるほど!』って顔をする。


 彼女のそういうところは、ちょっと可愛いなと思った。


     * 


 学級委員に選ばれて3か月。

 夏休みに入る直前の頃。


 終礼の直後に、俺たちは教師に呼び出された。

 夏休みの宿題を仕分ける作業を手伝ってほしいという話だった。


 彼女は『分かりました』と言いながら、すごく嫌そうな顔をしていた。


 担任がこの表情に気付いているかは分からないけど、これからやらないといけないであろう宿題を仕分けるのは、もちろん俺も嫌だった。


 それにしても、彼女は表情に出し過ぎだけど。


 ――まあ、学級委員の仕事なんだから仕方ないか。


 放課後の教室、彼女と2人でプリントを仕分ける。

 窓の外では、野球部が声を張り上げている。


「はぁ~、暑いね~」

 彼女は気の抜けた声で言った。


 この3か月でそれなりに親しくもなり、雑談をするようにもなった。


「今年の夏は例年より暑いってニュースで見たよ」

「え~、溶けちゃうよ~」


 彼女は適当に返事をする。


「この宿題の山も溶けちゃえばいいのにね」

「あはは、そうだね」


 感情のこもってない愛想笑いも、彼女の得意技だ。


「……さっき、先生に向かってすごく嫌そうな顔してたよね。見てて笑っちゃいそうになったよ」

「うそっ、ほんと~? そんなつもりなかったよ」


 手を動かしながら、彼女は言葉を返した。


「考えてること、顔に出やすいよね」

「そうかな~」


 納得してなさそうな表情をしている。


「そんなことないって思ってるでしょ?」

「あはは、どうだろうね」


 彼女は取り繕うように、仏頂面になっていた。

 ――反応が面白くて、つい余計なことを言ってしまった。


 とりあえず、話題を変えよう。


「夏休みの宿題、いつもどれぐらいで終わってる?」

「う~ん、夏休みが終わる3日前ぐらい? 追い込まれないとやる気にならないよ」


 やっぱりそういうタイプだよね、と思えるぐらいには、この3か月で彼女のことを知っていた。


「俺も、最後にまとめてやるタイプかも」

 

 実際はそういうわけでもないけど、とりあえずそういうことにした。


「へ~、そうなんだ。意外」

「そう?」


「私と違ってしっかりしてるし、計画的にやるタイプだと思った」


 この3か月で、同じように彼女も俺のことを知ってくれたのかもしれない。


 そう思うと、ちょっとだけ嬉しかった。

 だから少し踏み込んだ。


「……せっかくだし、宿題一緒にやらない? 2人で手分けしてやれば楽だし、早めに終わるじゃん」

「あ~、いいかもね。でも、いつにしようか」


「日時はいつでもいいよ、場所は図書館とか?」

「え~、わざわざ会うのはめんどくさいよ。ビデオ通話とかで良いじゃん」


 俺はせっかくだし直接会いたいなと、ちょっとだけ思った。

 でも、わざわざこの関係を崩したいと思わなかった。


 いつの間にか、彼女に惹かれている自分に驚きだ。


「それもそうだね、じゃあ週に1回ぐらい連絡しようか」

「うん、そうしよう」


 作業もちょうど終わったから、そんな約束をしてから教室を後にした。

 せっかくだから帰りにファミレスに誘ってみたけど、あっさりと断られた。


     *

 

 夏休みを迎えた。


 約束通り、最初は週に1回ぐらい彼女に連絡をしたけど、彼女は全く宿題を進めていなかった。なんだかんだで、俺が埋めた部分を写すだけになってしまった。


 さすがにこのままだと、彼女のためにならないと思ったので、結局、図書館に呼び出して一緒に宿題をやることになった。甘やかすわけにはいかない。


 そんなことをしていたら、夏休み中頃には宿題も終わってしまって、彼女と連絡を取る理由が無くなっていた。


 だけど会いたかったから、意を決してお祭りに誘ってみた。そしたら来てくれた。

 そしてその後、もう一度遊びに誘った。そしたら断られた。


 彼女の考えていることは、よく分からなかった。


 だけどそんな彼女のことを、俺はちょっとだけ好きになっていた。


     * 


 学級委員になってから、半年が過ぎた。

 次の学級委員を決める時期だ。


 ――ようやく、この面倒な仕事から解放されるな。


 そんなことを思った。だけど当然ながら学級委員に立候補する人はいなかった。

 少しだけ様子を見て、教師が困っているのを見てから結局、俺は手を挙げていた。


 面倒ではあったけど、それなりに楽しいこともあったからだ。


 隣の席に目を向ける。いまだに隣に座っている彼女。

 半年前に俺より先に手を挙げていた彼女は、なんだか不機嫌そうな顔をしている。


 彼女の顔を見れば、言いたいことは何となく分かる。


『前期学級委員のあなたが手を挙げたら、同じく前期学級委員の私も立候補しないといけない空気になっちゃうじゃん』と、思っているのだろう。

  

 案の定、教師も期待の眼差しを彼女に向けている。

 少々の沈黙のあと、彼女はしぶしぶ手を挙げた。


 クラスメイトからの拍手。相変わらず安堵の気持ちだけが伝わってくる。

 

 そして終礼の時間。

 わざわざ隣の席に目を向けることはしない。火に油を注ぐ必要はないからだ。


 終わりを告げるチャイムが鳴った。

 教師の合図で俺がいつも通り号令をかける。


 みんなが帰り支度を始めるなかで、俺は隣の彼女に声をかけた。


「もう半年間、よろしくね」

「…………うん、よろしく」


「……そんなに学級委員やりたくなかった?」

「やりたくなかったよ~」


「じゃあ、立候補しなければよかったじゃん」

「そうだね~、ほんとだよ。どうしてこうなったのかな~」


 彼女の顔を見て、これ以上からかうのはやめようと思った。


「冗談だよ、悪かったって。でも、俺はまた一緒に学級委員やれて嬉しいよ」

「私は嬉しくないんだけど」


 いつの間にか、言いたいことを遠慮なく言ってくるようになっていた。


 彼女はため息をついてから、『早く帰ろうよ』と言った。

 俺はせっかくだから、彼女を食事に誘ってみた。


 彼女は『いいよ』と答えてくれた。


 そして、ファミレスに向かう途中、俺は悩んでいた。

 なぜかというと、彼女のことが好きだったから。


 この気持ちを伝えていいのだろうか。もう半年、待って良いのかもしれない。

 俺が思案していると、彼女は言ってきた。


「なんか悩んでそうだね。聞かせてよ」

「それなら、言わせてもらうけど、好きだよ」


「あはは、いきなりだね~」

 彼女は笑っていた。

 

 彼女を困らせていることは分かったから、俺は話題を変えて誤魔化そうとした。

 だけど、俺が口を開く前に彼女は言った。


「私もちょっとだけ好きだよ」


     *


 学級委員になってから1年が経った。

 進級しても、俺はまた学級委員になっていた。


 なぜかというと、同じクラスの彼女が学級委員に立候補してしまったからだ。

 

 彼女が真っ先に手を挙げたから、俺は慌てて立候補した。


「いやいや、なんでまた立候補してるの」

「だって、取られたくなかったから」


 よく分からないけど、彼女が納得してるならそれでいいかなと思った。

 

「これからも、よろしくね」

「うん、よろしく」


 手をつないで、いつも通り一緒に帰ることにした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 桜華 絢爛さまの活動報告でお見かけし、読ませて頂きました。 ちょっとだけ好きがとっても可愛いなぁと思いました。 最後立候補しているところもいいですね。 読ませていただきありがとうございました…
[良い点] 「だって、取られたく(盗られる?)なかったから」 という意味深な台詞に込められた彼女の想いが清々しいですね。 これからも、創作頑張って下さい。 [気になる点] 最後まで“俺”視点で彼女と呼…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ