加害者と被害者
蔵人の中将が必死に僕を説得するので、父帝を一思いにヤルのは止めた。
でも、目を引からせておく必要があるので、僕も蔵人の中将も父帝たちが滞在している庵室の近くに滞在することにした。
父帝は、
「私たちと一緒でなくて良いのか?折角、親子水入らずに居られるというのに」
と、アホなことを宣ったけど無視したよ。
中身が成人済みの大人だけど、見た目は幼児。
最近、体に引きずられる事があって退行している気がする。
幼児にお前らの乱れ切った生活は教育に悪い。
一種の虐待だよ!
その際、父帝から数人の女房を貸してもらった。
まさかこんなことになってるなんて思ってもみなかったから、最低限の人数できたんだよね。
因みに、同行者は男だけ。
どっかの淫乱夫婦と違って、僕は、常識ある人間なんだ!
「失礼いたします」
部屋に入ってきたのは妙齢の女性だった。
「二の宮様と蔵人の中将様のお世話をするように主上から承った者にございます」
おっとりした声の持ち主で、姿形から、かなり上の身分のように思う。
女官?にしては佇まいが優美だ。
なんか訳の分からない違和感が纏わりつく。
「あにゃたはじゃれでしゅか?(訳:あなたは誰ですか?)」
「はい?」
「「……」」
何故か見つめあう僕と女性。
「二の宮様は、貴女が女房には見えないので、一体どういう人なのか知りたいと仰せになっていらっしゃる」
蔵人の中将が僕の幼児言葉を分かり易く訳してくれた。
女性は合点がいったという顔つきになった。
僕の幼児語は分からなかったようだ(普通は分かんないよね)。
「これは、失礼を。私は淑景北舎に新しく住まう事になりました更衣でございます」
「「……」」
まさかの妃。
あの父帝は、自分の妃の一人を『女房』と称して連れてきやがった!
なにやってやがる!
「こ、これは…知らぬこととは申せ…御帳台もなく‥‥申し訳ありません」
豪胆な部類の蔵人の中将も言葉にならなようだ。
普通、妃を女房代わりにしない。
「お気遣いくださいますな。物の数にも入らぬ下級の更衣でございます」
「そ、そんなことはありませんぞ!新しく入内なさった身でございましょう」
「まあ、そのような若き姫君ではありませんわ。悪戯に年月を重ねてしまって、すっかり、歳をとってしまいましたもの。見苦しいかぎりですわ。大した寵愛もないにも関わらず、内裏に居続けたせいでしょうか。長年の暮らした局を追われた愚か者でしかありません」
ん?
局を追われた?
それって…まさか。
「なんと!誰がそのような非道な真似を…どこかの女御でしょうか?私がお上に訴えます。元の局はどちらだったのです?取り返しましょう!」
ちょっとちょっと中将。要らんこと言わない方が……。
「元の局は『後涼殿』でございます」
やっぱり!
後涼殿の更衣だ!
「『後涼殿』!?帝の清涼殿に最も近い局ではありませんか!」
「それも昔の事でございます。今では最も遠い『淑景北舎』を居にしております。後から参られた勢いのある方に明け渡さなければならぬほどに軽い身の上でございます。このような軽々しい者では、とても更衣だとは申せません」
「妃争いは過酷だと聞いた事がありますが…よもやここまで酷いとは……。いずれの女御様の嫌がらせを受けていらっしゃるのですか?」
蔵人の中将!
止まって!
お口チャック!
「お許しください。名を申すにはあまりにも貴き方でございますので……」
「それほど権勢ある一門の出なのですか。しかし、如何に身分が高い者であろうとも、このような横暴を受けるいわれは有りませんぞ!」
「貴い身分の方にとって身分卑しき私などにかける情など有るはずもございません。かと申して、他の方々のように、不満を訴え出る場所もなく…私に出来る事は耐え忍ぶ事だけでございます」
「……更衣」
すげ~~~~。
話が噛み合ってないのに会話が進んでる。
元後涼殿の更衣の可哀そうな環境に同情してる中将だけど、彼女を追い落としたのは桐壺の更衣だ(命じたのは桐壺帝)。
僕は加害者の女の息子。
いたたまれね~~~~~。