未生ちゃんとあたし
彩乃さんと会った翌日は、未生ちゃんが帰ってくる予定だった。
大学の授業が終わったら、さっさと帰って未生ちゃんの帰りを待とうと思っていたのに、
「今日の夕方、時間あるだろ」
朝イチで出くわした(多分、待ち伏せしていた)本郷に当たり前のように言われて、あたしは固まった。
「カイが改めて、お礼とお詫びをしたいってさ。妹からもいろいろ報告があるっていうし」
愛凪ちゃんが話したいことがあるというなら、無下に断ることもできない。
ホントは、ウィンガーと関わらない生活に戻りたいんだけどな…
でも、短時間で解散するというし、顔くらい出そうかな、と頷いた。
帰りがてら、言われた通りに駅前のカラオケボックスへ向かう。
今回の件に関わった同級生や愛凪ちゃんたちと話すのは、思ったより…楽しかった。
もちろん、今回のことに関してや、今後の対応について、結構シリアスな話もあったのだけど。
ただ、ウィンガーであることを隠さずに会話できる気楽さのようなものに、気付いてしまった。
帰りは車で送ってくれるというので、駐車場まで、愛凪ちゃんと並んで歩く。
今回のことをきっかけに、登録されることも本気で考えていたことを言うと、愛凪ちゃんはなんだか微妙な表情を見せた。
「弟が、ね。うちも姉弟そろってだから」それは聞いていなかったらしく、愛凪ちゃんの目がちょっと見開いた。
「そう…だったんですか。水沢さんちも…」
周りの同級生を見回し、少し呆れたように頷く。
そう、この世の中、隠れウィンガーだらけなんだよ…
愛凪ちゃん自身だって、今は未登録状態なんだしね。
「本当は、弟がそうなった時に登録されようと思ったんだけどね。アイツ、嫌がって。登録されたら、姉ちゃんのクラスの人達のことも全部、喋ってやる!とか、あたしを恐喝したもんだから…結局、ダラダラと今になって…」
言い訳でもないけど、一応あたしの理由を言っておく。納得してくれたかどうかは分からない。
「あたしは…ウィンガーには関わらないつもりだったんだよ。これからも、そのつもり…」
愛凪ちゃんは、黙って小さく頷いた。
…だから、もう、会うこともないかもしれない。あたしは心の中でそう続けた。
地下鉄の駅のロータリーで降ろしてもらうと、
「ナッピ!」
後ろから、聞き慣れた声が聞こえた。
振り返えると、少し疲れた顔の未生ちゃん。彩乃さん同様、やつれた様子は隠せない。
全部、桜木さんと須藤のせいだ…!
おもわず未生ちゃんに駆け寄るあたしの後ろから、ゾロゾロと人が降りてくる気配。
あれ…あたしを降ろしたら、すぐ走り去ると思ったのに…
未生ちゃんが、明らかに困惑の眼差しであたしと彼らを見比べる。
そんなに不審そうな顔しなくても…と、視線の先を追うと、そこにかべっちがいた。
ああ…そうね、パッと見、ガラの悪いお兄ちゃんにしか見えないよね…
更に未生ちゃんの視線は蝦名くんを捉えた。
うん、そうだね…オレンジ頭のヤンキーに、ゴツイ体つきの男性。どんな組み合わせかと思うわな…
あたしがいつも付き合ってる友達とは、毛色が違うもんな〜
「知り合いに送ってもらって。あたしも、今帰ってきたとこ」
なるべく何気なくそう言った。
なんでか、ちょっと気恥ずかしい気がする。
「あ…そうなんだ」
未生ちゃんはそう言いつつも、まだ戸惑いがちにかべっちへ視線を走らせる。
かべっちの方も、あたしと未生ちゃんを素早く見比べ、
「…なっぴ…」
ボソっと呟いた。その後、なぜか視線を逸らせてニヤニヤしている。
なに?ナッピって呼び方、そんなに変?!
あたしにもう一声をかけるつもりだったのか、愛凪ちゃんとカイも降りてきていたのだけど、相手が未生ちゃんだと分かると、すぐに車に戻っていた。
愛凪ちゃんと未生ちゃんはジーズて顔を合わせている。
気が付かれると、ややこしい話になると思ったらしい。
あたしにしても、そこら辺の事情を説明するのは面倒だったから、未生ちゃんが気が付かないのは助かった。
「どういう知り合い?」
マンションへ戻る道すがら、未生ちゃんに聞かれる。
当然と言えば当然…
「あ…小学校の同級生。この間、たまたま会って…」
たまたま、に妙に力が入ってしまった。
別に、小学校まで住んでいた街なんだから、同級生と会ったって不自然なことはないんだけど。
「へぇ、そうなんだ…」
どこの小学校、とか聞かれなくてよかった。八川小学校の名前は覚えてる人、結構いるし。
未生ちゃんは、少しぼんやりした顔をしている。大丈夫かな…
あたしが見た桜木さんの全てを、未生ちゃんが知る必要はないと思う。
全然、いい人ではなかった。それは未生ちゃんも思い知らされている。
これ以上、未生ちゃんが傷つく必要なんか無い。
こんな時、気の利いた励ましの言葉をスラスラ言える人は羨ましい。
あたしの場合、まず、それらしい言葉が出てきもしない。
それは、内向的な性格によるものだけじゃなく、本来、知るはずのない事実を知っているという負い目のせいも大きい。
口を開いたら、余計なことを言ってしまうのではないかという、恐怖もある。
結局……あたしは卑怯なのだ。
関わらないと決めたはずのウィンガーに、同級生のことに首を突っ込み、挙句に事件に深く関わった。
そのくせ隠れウィンガーであることを隠すために、友達にもウソを突き通し、なにもなかったように暮らしていこうとしている。
あたしは…どうすればよかったんだろう?
いや、今更それを考えても仕方ないか。
じゃあ、これからどうすればいいんだろう?
未生ちゃんのためにできること、あるかな…
あたしは、何かできるのかな…
マンションのエレベーターまで、あたしたちは無言だった。
エレベーターの扉が閉まると、ふうっと未生ちゃんがため息をついた。
「ナッピ、ありがとうね」
「え?」
未生ちゃんはぎこちなく、小さく笑う。
「いろいろ、ありがと。ナッピがいてくれなきゃ、まだこっちに帰る気にならなかったと思う」
なんと答えていいか分からず、あたしはただ、頷いた。
いるだけで、なんか役に立ってるなら…今はそれでよしとしよう。
後のことは、また後で考えればいい。
それは、結局なんの答えにもなっていないのだけれど。
black sideは、これで一旦、完結となります。
モヤモヤした終わり方ですが、flappers 1を本編とした補足版という位置付けのため、ご容赦願いますm(_ _)m
本編の方は、引き続き投稿予定ですので(少し間はあくと思いますが…)そちらも覗いていただけると嬉しいです。




