須藤誠次 2
この間に引き続き、れい子先生の名前が出てきたか。
本郷は眉間に皺を寄せて、不愉快そうに須藤を見ていた。
「へえ、れい子先生の名前を出すなんて…なんか色々、調べてそうだな。さすがにアイロウお抱えのウィンガー、ってとこだけど。女性に簡単に手をあげるのは、いただけないぜ」
口調は穏やかだけど、怒りを抑えているのが分かる。
本郷が前に立ち塞がってくれたので、あたしは一旦、翼を消した。
まだ、安心は出来ないけど。
須藤は元の調子を取り戻しつつあった。
胸をさすりながら立ち上がり、あたしと本郷を交互に睨む。
「女性である前にウィンガーでしょ。しかも、隠れ天使。翼は黒い。これは、世界的に貴重な症例だ。速やかに保護しないとね」
「この人たち、ウィンガーをどこかに売る気だって。それでナオさんが…こんな…」
あたしの中途半端な説明にも、本郷は大きく頷いてくれた。
「保護するつもりだとしても、酷い。増して、保護するふりして人身売買とか、最悪にも程があるだろ」
そうだ。公的な機関の人間、しかも、
「なんで?あなたもウィンガーでしょ?!なんで、同じウィンガーを…」
思わず、身を乗り出していた。
須藤の顔に、みるみる小馬鹿にした笑みが広がって、あたしはくやしさに、唇を噛み締めた。
「お嬢さん、ウィンガー同士だから、仲間だなんて思ってる?テロ事件に加担しているようなウィンガーも、仲間だからってかばうの?ウィンガー絡みの事件が起きるたびにさ、無関係なウィンガーまで、いっしょくたに非難されたり、監視の対象になったりしている現実を分かっているかな?翼を隠して、普通の生活を伸び伸び送ってて、こんな時だけウィンガー同士?それは、都合よすぎるでしょ」
ベラベラと捲し立てられ、あたしは返す言葉もない。元々、口喧嘩は苦手だ。
しかも、相手は意識してあたしと視線を合わせないようにしている。
あたしと目を合わせるとまずい、と一回で理解したのは、さすがだ。
「都合いいこと言ってんのはお前だろ!」
叫んだのは、ナオさんだった。
「何が、セット販売だ!誘拐だろ!犯罪だろ!誰が見たって、お前のやってることは、まともじゃない!」
彩乃さんを庇うように寄り添うナオさんを見下ろしながら、本郷は頷いた。
「ナオちゃんの言ってることが正しい。あんたは、ウィンガーである前に犯罪者だ」
その本郷とも、須藤は目を合わせない。
あたしと同じ能力を持っていることを、警戒しているのかもしれない。
その須藤が、不意に微笑んだ。
この間、話した時と同じ、人目を惹きつけることを自覚している、アイドルスマイル…
「野宮れい子の子供たち、か…」
もう一度、そう言って、須藤は両手を広げて見せた。
レディース、アンド、ジェントルマン!とでも言い出しそうな、芝居がかった仕草。そして、
「取り引き、というのはどうかな?」
また、訳の分からないことを言い出す。
「取り引き?」
あたしと本郷、ナオさんの声まで重なった。
「君たちは、おそらく今の生活を守りたいんだろ?それに…状況からするに、君たちの他にもいるよね?35人のクラスのうち、あと何人、天使がいるんだろう?」
ある程度、悪い想像はしてたけど、はっきり言われると、やっぱり動揺する。
この人、この間会った時から、あたしのこと疑ってたんじゃないかと思う。
ありえないほどの確率でウィンガーを輩出したクラス。
実は登録されている他にも、ウィンガーになっている人間がいるのではないか。
そんな疑いを持つ人間はいて当然だ。
まして、ウィンガー捕獲を仕事にしているウィンガーとなれば、あたしたちに興味がないはずがない。
「君たちのことは、見なかったことにする。その代わり、彼らを渡してもらう」
須藤さんは、ナオさんたちを指さした。目が、笑っていない。
ナオさんが、息を飲むのが分かった。
「…あんたのやってる犯罪を見逃せってことか。というより、共犯になれってことだよな。素直に名乗り出て、登録されりゃ済む話を、俺らがOKすると思ってんの?」
本郷が、冷静に言い返す。あたしも全く同意見だ。
「オレらを見逃すっていうのも、どうやって信用しろってんだよ。裏で、こんな仕事しているヤツをよ!」
須藤さんは、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、あたしたちを見比べた。
「登録されれば済む話、なら、なんで今まで黙ってたのかな。翼が出てから何年経つ?ここ、1、2年の話じゃないでしょ。色だけじゃない、変わった能力もあるようだしね。普通なら、早く調べてもらいたいと思うはずだよ…なぜ、名乗りでなかった?」
いちいち的を得ている。
登録を逃れ、アイロウというウィンガーの管理組織の実態を見極める。そこに、れい子先生がどう関わっているのか調べる。
それが、『野宮れい子の子供たち』が、子供ながらに考えたことだった。
でも、あたしは……
絵州市を離れ、同級生たちとの関わりはほとんど切れていた。登録されたって、構わなかった。それは本当。
だって、その方が気楽だ。
洸が…弟が反対しなければ、とっくに登録されている。
もしかしたら、今頃、愛凪ちゃんのように対策室で働いていた可能性だってある。
要するに、
「タイミング、逃しただけだよ」
ポツリと漏らしたあたしの言葉に、須藤さんは一瞬、虚をつかれたようで、ポカンとしたけど、すぐに笑い出した。
「あはは…なるほど、タイミング、ね。それは大事だ!」
完全に、人を馬鹿にした笑い方。
ムッとして黙り込んだあたしを見て、本郷は微かに苦笑いする。
「まあ…一番の理由はそれかもな。それほど高尚な理由なんかない」
え、本郷まで同調する?ていうか、そう思ってんの?
だけど、そこまで言って、本郷はまっすぐに須藤さんを見た。
「だから…取り引きに応じる必要なんかない!」
次の瞬間、いや、まだ本郷が言い終わる前に、須藤さんは床を蹴っていた。
本郷の顔に、突進するスピードを乗せて、パンチが飛んでくる。
でも、そんな不意打ちに焦る本郷じゃない。
一歩も動かずに、両方の手の平で須藤さんのパンチを受け止める。
翼を出したウィンガー同士が、ガッチリと組み合った。




