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flappers 1〜black side〜  作者: さわきゆい
22/34

須藤誠次 1

 部屋の灯りは、LEDランタンのものだった。

 キャンプとかで使うやつみたいだけど、明るさは十分と言っていい。

 だから、数歩先にナオさんが這いつくばっていることも、やっとのことでこちらを振り返ったその顔が酷く腫れ上がっていることもすぐに分かった。

 あたしたちを見て、体を起こそうとするけど、すぐに唸るような声をあげて体制を崩す。


 反射的にナオさんに駆け寄ったあたしの耳に、須藤さんのイラついた声が入ってきた。

「君は…誰を連れてきたのかと思えば…桜木くん、どういうことかな」


 あたしは須藤さんを見てはいなかった。

 それよりも不自然に折れ曲がった、ナオさんの右足の方が重要だった。

 腫れ上がった目元や、血の滲んだ唇もひどいけど、この足のケガが1番ひどい。…見る限りでは。


 この状況からするに、やったのは須藤さんしかいない。

 だけど、あたしの非難の眼差しなど、須藤さんにはどうということもなさそうだった。

 ランタンの灯りに照らされた顔は、口元に笑みさえ浮かべている。怒りと同時に気持ち悪さを抑えられなかった。

 なんなんだ、この人…


 ナオさんをこんな目に会わせておきながら、自分はキレイな顔のまま、なんの罪悪感もなさそうに立っている。

 あまつさえ、ランタンの灯りが、自分のスポットライトとして最も効果的な位置を意識しているようにさえ見えた。


 須藤さんの後ろに、大きなアルミホイルを丸めたような固まりがあることには気が付いていたけど、その固まりがガサっと音を立て、あたしはハッとした。

 女の人…

「彩乃さん?!いったい何を…」


 そちらへ行こうとしたけど、足首を、ナオさんに掴まれた。

「凪ちゃん、逃げろ!コイツ…コイツ、やばい」

 その声には、ただならぬ響きがある。

 須藤さんを見返した時、その「やばい」の意味が分かった。


 須藤さんの手には、黒い金属の光沢が…拳銃みたいな形で収まっている。

 …ウソでしょ…まさか本物とかって…

『密輸のこととか…』

 不意にさっきの桜木さんの言葉を思い出す。

 これのこと?!

 え…だって、普通の公務員が…


「こんなとこ、来ちゃダメだ!早く逃げろ!」

 ナオさんの叫びに、混乱する意識が引き戻された。

「今更、遅いよ!来ちゃった人間に、来ちゃダメって言ったって、どうしようもないだろ!全く…」

 今までの須藤さんからは想像し難い、冷たい口調。

 あたしを見る顔は、傲慢さと蔑みに満ち溢れていた。


「全く、出来の悪いドッキリの連続だ。出来の悪い昔話、出来の悪いウィンガー、出来の悪い部下」

「すいません、本当に…なんで、こうなったのか…この、この子に、言われて…た、頼まれて…ここに連れて来なきゃ…ならないって…お、思ってしまって…」

 ひどい言い草。

 桜木さんはまるで情けない顔になって、縮こまっている。

 まあ、桜木さんに関しては、あたしの責任が大きいけど。


 銃口は、彩乃さんに向けられている。

 このまま、言うことを聞いて、いいようにされる気は、もちろんない。


「桜木くんさぁ、なに、言ってんの?言い訳はいいから、とにかく、その子捕まえなよ…」

 ああ、この声、喋り方、イライラする。

 黙れ。誰がおとなしく捕まってやるか!


 翼を出すと同時に、あたしは床を蹴った。あたしの飛行スピード、多分、普通の人は目で追えない。

 床上、数センチを飛んで、須藤の脇をすり抜ける。

 通常なら、いくら女の人だって抱え起こすのも大変だけど、翼があれば、あたしだって彩乃さんの1人くらい楽々と持ち上げられる。


 ズササァーッ!!

 彩乃さんの体を包んだアルミシートごと抱え、あたしは急旋回した。

 さすがにこの展開は予想してないだろ!


 床の埃を舞い上げながら、ナオさんの元へ着地する。

 ちょっと彩乃さんの体が床に擦ったかもしれないけど、非常事態だ。容赦してもらおう。


 ナオさんも、まだ何が起こったのかよくわからないみたい。瞬きもせずに、あたしの顔を見つめていた。


 わざと、翼は全開している。

 黒い、大きな翼。威嚇効果は相当なはず。

 期待通りに、須藤の顔は蒼白になった。


「お…ま、え…」 

 やっと絞り出した声。さっきまでの余裕をかました笑顔はどこにもない。

 背後の彩乃さんに向けていた銃口は、そのまま固定されていた。

 目だけを銃の先へ向けて、そこにいたはず彩乃さんが、今あたしの腕の中にいる現実を確認したのか、般若も顔負けの形相があたしを睨んだ。


「なん…なんなんだ!その翼は!!」

 動揺を隠しもしない、上ずった声。


「それは、むしろ、あたしが聞きたいことなんですけどね。アイロウと繋がっているウィンガーでも、知らないんだ?」

 あたしの問いには答えず、

「黒い翼…黒い翼…巨大な…黒い…」

 須藤は引き攣った顔で呟いている。


 ええ、そうだよ。どういうわけか、真っ黒なんだよ、あたしの翼は。


 須藤の腕が震える。

 動揺なのか、怒りなのか、恐怖なのか。

 銃を持つその手は、ぎこちない動きであたしの方へ狙いを定め直した。


「まるで…悪魔だな…」

 無理に笑おうとする口元が、醜い。


「まあ、言いたいことは分かるけどねえ…丸腰の一般人に銃向けてる人に、言われたくないよ」

 いくら翼があったって、恐怖を感じないわけじゃない。

 でも、とにかく平静を装ってタイミングを見極めなきゃいけない。

「凪ちゃん!逃げろよ!お願いだから…」

 ナオさんが叫んでいるけど、そっちに構う余裕はない。

 まずは、須藤をコントロールしないと。


 彩乃さんを床に寝せて立ち上がる。

 さあ、始めようじゃないの。


「教えてよ。なんでこんなことしたの?」

 憎々しげにあたしを睨む須藤と真っ直ぐ視線を合わせるのは簡単だった。

 桜木さんが余計な口出しをする前に、片をつけてしまえ。


 須藤の上半身がぐらりと揺れた。

 大きく後退り、上半身が脱力する。

 前屈みになった体勢を、それでも立て直そうとはしたけど、力を失った指先から拳銃はあっさりと落ちた。

 鈍い音を立てて落ちたそれを、気にする様子はない。

 引き攣った笑みが消え、表情が消えた。


 割とあっさりかかってくれたな。不意打ちが効いたんだろう。


「それ、こっちに蹴って」

 こんな危ないもの、早く引き離さないとね。


 須藤が無表情で蹴り出した拳銃は、硬い音をたてながら、壁際まで滑っていった。


 須藤が首を掻きむしるような仕草をしながら、声を絞り出す。

「なんで…なんでって…ウィンガーは、金になるからだよ」

 は?金?

 それで、ナオさんをこんな目に合わせた?

 意味、分からない。


 表情はないくせに、目だけキラキラしてくる。

 こんな状況じゃなきゃ、ちょっと惹きつけられる、なんか現実離れした顔。


「コソコソ隠れ続けて…大して金にもならないような仕事して…いなくなったところで、探す人間もいない…本人にとっても、新しく生まれ変わるチャンスだ…」

 ただし、言ってる意味は分からない。


 足元から、ナオさんの苦しそうな声が割って入った。

「コイツ…コイツら、ウィンガーの人身売買やってんだ。身寄りのない人間なら、めちゃくちゃ都合がいい。比嘉さんは…だから…」

 人身売買!

 その言葉に、須藤の「金になる」が得心できた。

 ウィンガー。希少な人間、能力。

 そんなことで…そんなもので…


 桜木さん同様にビンタ…どころか、グーでぶん殴ってやりたいけど、まだ我慢。

 聞くことを聞いてからじゃなきゃ…


「彩乃さんは?どうするつもりだったの?ナオさんに言うこと聞かせるための人質?」

 ウィンガーに関係ない人を巻き込んだのそが、何より許せない。

「…人質?」

 須藤の唇がわななく。それは、笑ったつもりらしい。


「…そういう意味も…あるけどね…セット販売さ。あちらへ引き渡してからも、その方が言うこときいてくれそうだろ…下手に彼女だけ残しておけば、行方不明だ、失踪だって騒ぎそうだし…」

「テメェ…善人ヅラして…最悪な野郎だな!」

 ナオさんが無理に体を起こす。無理しないでいいよ!


 ナオさんがまた喚き出す前に、畳み掛けて須藤に聞く。

「取り引きの相手は?誰にこの2人、渡そうとしてる?」

「取り引きの相手…?…コレクターの…連中…いや、どうでもいい…誰でも…」

 コレクター?

 いや、どうでもよくないから…


 その時、後ろで動く気配に、思わずあたしは桜木さんを振り返った。

 忘れてたわけじゃない。けど、須藤に意識を集中し過ぎてた。

 やばい!と気がついた時は遅かった。


 あたしが目を話した途端、須藤は翼を出した。そのまま、こちらへ猛然と突っ込んでくる。


 よけるだけなら簡単だ。あたしのスピードなら。

 でも、ナオさんと彩乃さんが……!


 バタン!と音がするのと、白い翼が須藤へ突っ込んで行ったのはほぼ同時。

 翼を出したあたしの目には、何が起きたのか、全部見えていた。


 須藤に突っ込んでいった本郷が、見事なラリアートをかます。

 予想外の乱入に、なすすべもなく、まともに本郷の腕を喰らった須藤は、逆再生みたいに後ろへふっ飛んだ。


「本郷!」

「本郷さんまで…」

 あたしとナオさんの声が重なる。


 須藤は、片膝と片手をつきながらも、壁に衝突する前に体を止めている。

 翼を出していたからそれで済んだけど、普通なら、本郷の力で吹っ飛ばされて立っていられるはずがない。

 本郷もウィンガー相手だから、遠慮ない勢いでぶつかったんだろう。


 桜木さんは、さすがに驚いたらしく、口をパクパクしている。


 立ち上がってこっちを見た須藤は、怒りを隠そうともしなかった。

 目は、夢見るようなキラキラから、憎悪全開のギラギラになってる。

 こうなってしまうと、もうあたしの力は効かない。


 本郷の腕を喰らった胸を押さえながら、それでも立ち上がり、須藤は無理矢理笑ってみせた。

「本郷?あのメモの…そうか、やっぱりそういうことか…野宮れい子の子供たち」


 うわ、ここですぐそれに気づいたか…

 これは…形勢悪くないか…?


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