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flappers 1〜black side〜  作者: さわきゆい
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桜木隼也 2

「なんなんだ!お前ら!オレに何をした?!」

 桜木さんがうわずった声で叫んだ。

 ビンタされたショックで、あたしの暗示が解けたらしい。


 あたしの翼はもうない。

 ビンタした瞬間に、やばいと思ったから、消した。


 桜木さんにしてみれば、追い返そうとしたはずのあたしに聞かれるままに、言わなくていいことをベラベラ話してしまった、という訳の分からない状況だろう。

 今までの経験からすると、自分が喋ったことは全部覚えているはずだ。


 パニックで泳いでいた桜木さんの視線が急に、何かを捉えた。

 視線の先は、本郷。

 次の瞬間、この状況にしては驚くべき速さで、体を低くしたまま桜木さんが本郷に突進した。

 あたしを相手にするのはやばいと思ったのかもしれない。


 さすがに翼がなければ、そのまま突き倒されるかと思ったけれど、本郷は鮮やかな動きで桜木さんの腕を取った。


 桜木さんの体はくるりと反転し、背中からドスっと地面に着地する。まるでアクションスタントみたいだった。

 呆然と空を見つめながら喘ぐ桜木さんをジロリと見下ろして、

「オレ、一応、合気道の有段者なんだわ」

 バカにするな、と言いたげな本郷。


「へえ、合気道…」

 それは知らなかった。

 お金持ちの医者の息子で成績優秀、水泳で県大会優勝の経験あり(小学校の時だけど)ピアノも確か弾けて、格闘技の有段者。

 分かってはいたけど、めちゃくちゃスペック高いな。


 寝転がったままの桜木さんにため息ひとつ向けて、本郷はあたしのほうに向き直った。

「お前の友達、ロクでもないのに引っ掛かったんじゃないか?」

 未生ちゃんのためには認めたくないけど…

 事実の前には仕方ない。

「そう…みたいね…」

 後で未生ちゃんにどう説明しよう?


「どうする?ここまで来たら、須藤に直接、話聞いた方が良さそうだけど…お前は友達連れて、帰った方が…」

 そう言われても、ここまで来て、「じゃあ」という気はなかった。


 本郷が引っ張って立ち上がらせた桜木さんは、まだ事態が飲み込めていない。

「な…な、何が…」

 呂律が回らない。目が泳いでる。

 これは…さっきのあたしの影響がまだ残ってるな。

 これなら、翼なしでも言うこときいてくれそうだ。


「本郷、未生ちゃんの様子、見てきてもらえる?多分、近くに車が…」

「ああ、車の場所は分かる。ここの向かいの駐車場だろ?」

 聞かれるままに、桜木さんは小さく、頷く。

 よし、とりあえず未生ちゃんは本郷に任せて、


「桜木さん!」

 なるべく軽い調子であたしは呼びかけた。こちらを見た瞬間に、作り笑顔で首を傾げてみせる。

 桜木さんの目尻が、だらしなく下がった。

 お、きいてるな。

 車の鍵を出させ、本郷に渡す。


「すげえな。その状態でも暗示かけられるのか」

 感心したように、本郷は言うけど、あまり褒められたもんではない。

「余韻…というか、影響が残ってるんだと思う。ちょっと…」

 さっきのマインドコントロール的なやつの。要するに、ちょっと効きすぎだ。

 何も知らない一般人相手に、少しやり過ぎたかとも思ったけど、さっきの桜木さんの言動を思い出して思い直した。


 ぼんやりした顔の桜木さんだけど、

「須藤さんのところへ連れて行って下さい」

 と言うと、素直に歩きはじめた。


 さて、いつまで持つかな。

 我に返ったら、もう一度翼を出すか…

 でも、ここまで来れば、ナオさんたちがいる場所はだいたい分かりそうだ。


 桜木さんは真っ直ぐ、3階建ての建物へ向かって行く。

 駐車場に灯りはもちろんない。

 黒々とした建物の輪郭が、だいぶ冷えてきた空気の中に浮かんでいる。


 アパートみたいな建物に見えたけど、近づくと、入り口は一階中央の両開きの扉だけみたい。そして、そのガラス戸には割られた形跡がある。

 普通な人なら、昼間でも近づかないでしょ、この雰囲気。


 扉を開けてホールに入ると、桜木さんは条件反射のようにポケットからペンライトを取り出してつけた。

 小さなペンライトの灯りでも、埃っぽさと、建物の痛んでいる感じは分かる。


 玄関ホールのような場所の天井には所々穴が開き、床には埃や何かの破片、もしかしたらネズミの糞なようなものも見えた。


「軽く、お化け屋敷感あるな…」

 思わず呟いた。

 別に怖くはない。元々お化け屋敷とか好きだし、なんと言ったってウィンガーになってから通常時でも夜目が効くようになってるから、桜木さんよりよっぽど状況は見えてるはず。


 奥から漏れている灯りには、もちろんすぐに気が付いていた。

 何か、話し声が聞こえることも。


 桜木さんが急にソワソワしはじめた。

 振り返ってあたしを見ると、ギョッとしてのけぞり、慌てて周りを見回す。


 一瞬のうちに、表情も戻ってきた。

 戸惑いと、怒りと、嫌悪感をあらわにした表情。

 何か言おうとした桜木さんだけど、奥から聞こえてくる声と、呻きにギョッとして、身をこわばらせた。


 その声に動きを止めたのは、あたしも同じ。

 あたしの耳が捉えたその苦鳴は、どう聞いてもナオさんのものだったから。


 立ちすくむ桜木さんの脇を通り過ぎ、灯りの漏れる部屋へ向かう。

 途端に、

「やめろォォ!!」

 ナオさんの絶叫が薄暗い空間に響き渡った。


 あたしは足を止めることなく、部屋へ飛び込んだ。


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