桜木隼也 1
駐車場の入り口にはバリケードが置かれていたけれど、隙間から人が入るのは簡単だった。
駐車場の奥に、3階建てのアパートのような建物が見える。あれが、職員寮だったところか…と、気を取られていると
「うおっ!」
前にいた本郷が飛び上がった。
目の前で、男の人が同様に驚いて身構えている。あ…!
「桜木さん!」
あたしは本郷の前に飛び出した。
「え…な、凪ちゃん?!」
桜木さんは、明らかにパニクっている。
まさか、ここであたしが登場するとは思わなかっただろうから、当然の反応ではある。
「やっぱり、桜木さんも一緒だったんですね」
あたしの言葉にも、動揺したままだ。そして、
「未生ちゃん、一緒に来てますよね?」
そう言われて、ますます唖然とする桜木さんの顔に、徐々にバツの悪そうな表情が広がっていく。
「な、なんでそんな…未生が…連絡したのか…?」
ああ〜、明らかにあたしに来られて都合が悪いのが分かる。
「い、いや…困るんだよ、オレ、仕事中だから…こんなところ、来ちゃダメだから…!」
あたしが何も説明しないうちに、桜木さんは一方的に捲し立てた。
いやいや、追い返したいの、わかりやすいな〜
捲し立てるだけじゃなく、あたしの肩を掴んで、本郷ごと外へ追い出そうとしてくる。
言うこと聞く気はないよ。
「まず、水沢の友達がいるのかどうか、答えてよ」
あたしが手を振り払う前に、本郷が桜木さんの手を掴んだ。
桜木さんの顔色が変わる。
あからさまにムッとして、本郷の手を振り払った。
一瞥して、どういう相手か判断している。
本郷、見た目はいいとこのお坊ちゃん風だし、実際そうなんだけど、桜木さんと取っ組み合って負けるわけがない。
見た目で判断は難しいですよ…
「とにかく、外に出なさい!」
威圧的に出ればなんとかなる相手だと踏んだのか、桜木さんは強い口調であたしたちに迫った。
今までの経緯もあって、その言動はあたしの反抗的な心を煽っただけだったけど。
「桜木さん!」
あたしは躊躇しなかった。
振り返った桜木さんと目が合った瞬間に、「言われた通りにして下さい!」
ストレートに感情を言葉にのせる。
反応は、思ったよりずっとよかった。
桜木さんの目から感情が消える。
少しよろめいたけど、しっかり立って、ただ、その体は所在なげに力が抜けていた。
おお…翼無しでも、ここまで効くとは。
我ながら、ちょっと気味が悪い。
ただ…時間もかけたくない。この先は、力が必要だ。
「え…お前…」
本郷が後ろで焦った声を出しているけど、気にしない。
あたしは、あたしの黒い翼を広げた。
桜木さんは、それでもぼんやりした表情のままだ。この翼が見えてるのか、見えてないのか…
でも、あたしの顔に視線は向いていた。
「答えてください。未生ちゃん、どこにいるんです?」
翼を出した途端、ほんの少しあった罪悪感は消えている。
迷いが消えて、最適ルートが見えてくる感覚。
そこから導き出された解は、『桜木さんは間違いなく、味方ではない』ということ。
「車の…中だ。まだ、眠ってるはずだから、問題ない…」
寝ぼけたような声。
「眠ってる?なんかしたんじゃないか?こいつら…」
本郷に言われるまでもなく…
何やってくれたんだ!あたしの友達に!
「なんで、こんなところに連れてきたんですか?対策室に連れて行けばいいはずでしょう?」
穏やかに声を出すのが一苦労だけど、状況確認のためだと必死に言い聞かせる。
「…須藤さんに命令されたんだ…下手すりゃ、密輸のことバラされるからな。言うこと、聞くしかないだろ…」
…はっ?!今、密輸って言った?
それはまた予想外の展開…と、桜木さんの口元が震えた。そこから、甲高い、下品な笑い声が漏れ出す。
「ヒャハハハ…そうだ、そういうことだよ!どうせなら、怪しげなことだって、金になった方がいいだろ!いい加減、コソコソ演技して生活するのは、窮屈でしかたなかったんだ!!」
体をくの字に折って、完全に狂気の笑い。
どんだけ…溜まってるんだろ…この人。
どっちかというと、こっちの方が桜木さんの地だな。本心だ。
どんだけキャラ作ってるんだ…
「おい、」
桜木さんの様子に危険を感じたのか、本郷があたしとの間に割って入ろうとする。
「本郷、大丈夫だよ」
あたしに危害を加えられる状態じゃない。
というか、桜木さん自身がちょっとやばい。
これは、さっさと聞くことを聞いてしまおう。
あたし自身の言動をコントロールするがそろそろ至難の業になってきている。
桜木さんの笑いがものすごく、癇に障る。
「ねえ、」
前へ踏み出したあたしは、ほぼ反射的に桜木さんの襟首を鷲掴みにしていた。
「ナオさん…立山さんに、何する気だったんです?未生ちゃんまで巻き込んで」
まだ薄ら笑いを浮かべているだらしない口元が、ゆっくり動く。
「立山?…立山は、須藤さんに用があるんだ…あいつが、金になる…未生…未生…?勝手についてきたんだ。オレだって、迷惑してる…」
…コイツ…!!
「彼女でしょ!付き合ってるんでしょ?!危ない目に合わせておいて、迷惑って、どういうつもり?!」
「は…彼女か。女がいた方が仕事上、都合がいいこともあるって言われて、付き合っただけだ。顔も体も申し分ないけどな…」
そろそろ、我慢も限界なんだけど…
「でもオレは、君みたいな従順な女の子の方が好みなんだ…」
いやらしく下がってくる目尻と、よだれを垂らしそうな口元に、限界突破。
あたしの右手は自分でも惚れ惚れするほどのスピードで、桜木さんの頬へ叩きつけられた。
バシン!と軽快な音。
「あ、やべ…」
つい、力任せにやってしまった。
かなり筋肉質の桜木さんの体が、2メートルほど吹っ飛んで、地面に座り込んでいる。
「水沢、加減、加減!相手は一般人!」
本郷、そう言いつつ、笑ってるし。
あたしの場合、翼を出しても腕力や脚力はそれほど強くならないので、骨折したりまでは、いかないはず。まあ、それでも未生ちゃんにビンタされるよりは、よっぽど効いているでしょう。
桜木さんは、夢から覚めたような顔で、あたしと本郷を見比べていた。




